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ザ・ビューティにはファンタジーがある。日本において等身大のテーマをあつかわない、めずらしい音のひとつかもしれない。リアリティや同時代的な共感を問題とするのではなく、現実の世界のなかに仮想の枠組みを構築していくような手つき。念頭においているのは"サン・フォールズ"や"ビヨンド・ザ・レインボウ"、"プロセルピナズ"など、ゴシックな世界観にインダストリアルな屋を架したような、奇妙に息苦しいダーク・ウェイヴの一連だ。ゲート・リヴァーブが印象的なスネアは、ドラマチックなバック・ビートを刻む。そこに叙述的と言えばいいだろうか、やや過剰にも思われる荘厳さをシンセで語りつくしてしまう、能弁なメロディがのる。このような音は現実のどの風景にもなじまない。どのような心象ともむすびつかない。ぽっかりと組みあがったいくつものファンタジーをまのあたりにして、われわれはさいころを振る。出た目の曲へ進むのもいいだろう。
〈コズ・ミー・ペイン〉の一員ユージ・オダのソロ・プロジェクト、ザ・ビューティ。シャープなビート感覚とあまやかなフィーリングとを卓抜にまとめあげるトラック・メイカー、ヴィジテッドとともに、ファロン・スクエアなるインディ・ダンス・ユニットでも活動している。こちらもチルウェイヴ世代のディスコ・ポップを展開する気鋭の存在だ。してみると、ザ・ビューティとはユージ・オダ氏のゴシックな世界観が全開に出力されるプロジェクトなのだろう。本作はデビュー・アルバムである。アルバム後半は終末観さえただよわせ、ドラマチックのインフレーションが止まらない。それが"ビヨンド~"の教会合唱曲ふうのコーラス・アレンジに極まっている。
その合間や前半をうめるのがダンス・トラックだが、じつに奇妙だ。筆者にはそれらのダンス・ビートが、観念的に膨張した音を解体する方向にではなく、増強する方向に働いているようにみえる。その意味でザ・ビューティのビートはビートではなく上ものやメロディに近いのかもしれない。ゴシック・ポップがファンタジー空間で起こしたオーヴァー・ラン......ザ・ビューティの美はここで苛烈に燃えあがる。身体などみじんも動かない。硬直のダンス・ポップだ。
あまねくインディ・アーティストはこうあっていい。好きなことを信じてやればいい。というとまったく機能を失ったかけ声にも聞こえるが、これは真理である。筆者には正直なところあまり趣味性においてザ・ビューティと通じる部分はないのだが、彼の音楽が、深く、堂々と世界に突き刺さっていることはよくわかった。そしてそうであるかぎり、音はかならずどこかに届く。
さて表題曲の"ラヴ・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・ワールド・シャウト"にはこうしたトラック群のなかで、そのいずれでもないような表出がある。彫刻された世界観もなく、ドラマチックなビートもなく、情緒のドローイングというに近い日本的なポップス。これが意図的なものかどうかはわからないが、アルバムとしての整合性にほころびをみせるような一点がタイトル・トラックとなっていることに、筆者は心を動かされた。
橋元優歩