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Can I go home now ?

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倉本諒 Jun 10,2013 UP

 おそらく個人的にここ10年でもっとも感銘を受けたミュージシャンたちのひとりは確実にイグナッツ(Ignatz)ことブラーム・ディーヴェンス(Bram Devens)である。......と、音楽雑誌に寄稿している人間がのっけから感情論で語っていいのだろうか。いいんです。僕にとって彼のサウンドは距離を置くことができないほど美しいのだ。

 漫画文化史にその名を輝かせるジョージ・ヘリマン(George Herriman)の作品、『クレイジー・カット(Krazy Kat)』に登場する同名のネズミ、イグナッツ。漫画の主人公である呑気な猫、クレイジー・カットはこのネズミに恋心を抱いているが、当のイグナッツは毎回頭にレンガを投げつけるかたちでその想いを打ち砕く。しかしながらクレイジー・カットはそれを愛情表現と受け取っていて、この行為によって奇妙に関係性が補完されている。

ブラームのイグナッツは、この湾曲したエゴへの共感に名前を拝借したサイケデリック・ローファイ・フォーク、いやマインド・メルト・ブルースとでも呼ぶべきサウンドだ。かつて自らを「ローファイ・ファシスト」と称したほどの徹底的な劣化音質への拘り。彼のサウンドが昨今のローファイうんぬんと一線を画しているのは、それが彼の枯れに枯れた情念を表現するのにもっとも適したテクスチャーであるからだ。アカデミックなミュージシャン・バッググラウンドが放つギタースキルゆえに成立するクオンタイズされないループ、そこから生まれる絶妙なグルーヴに歌乗せされるエモーション。アメリカが生んだ今日型のアコースティック・ミュージックのヒーローが故ジャック・ローズ(Jack Rose (RIP))だとするならば、ヨーロッパのそれはイグナッツである。

実際、00年代後半から彼を中核としてベルギーのゲントで育まれたサイケ・フォークロア・シーンがヨーロッパのみならず、USシーンにも飛び火していったことは紛れもない事実なのだが、(僕が事あるごとに名前を出すシルヴェスター・アンファングIIでもブラームはしばしばプレイしている)日本での認知度はとても低い。

LSDマーチ(LSD March)でお馴染みの道下氏のサポートの下おこなわれた08年のイグナッツの軌跡のジャパン・ツアーは、蓋を開けてみれば当時結婚したばかりのブラームとデザイナー/アーティストである妻のジュリーの新婚旅行であったのだけれども、いまでもあの〈UFOクラブ〉で見たショウでの涙が出るほどの感動を忘れることはできない。

当時初めて話すブラームに「普段仕事どーしてんの?」と訊ねたら「してるわけないじゃん」と答えた彼の笑顔と、それに対して「わたしはすっごい頑張ってるのよ!」と言うジュリーの笑顔、ふたつの笑顔が神々しいまでの愛を物語っていたこともここに記しておこう。

え? このレコード? いいに決まってるでしょ。イグナッツのよくない音源なんて聴いたことないよ。

倉本諒