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Senking

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Senking

Capsize Recovery

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デンシノオト   Oct 22,2013 UP

 2013年の〈ラスター・ノートン〉は、フランク・ブレットシュナイダー(『スーパー.トリガー』)、ピクセル(『マントル』)、アトムTM(『HD』)、そして待望の青木孝允(『RV8』)などのアルバム・リリースが相次いでおり、いわば「オールスター・リリース」ともいえる状況になっている(しかも11月には池田亮司の新作のリリースも控えている!)。その上、どの作品もある種のアップデートが極端に行われており、00年代以降の電子音響と、それ以前の音楽史が複雑に交錯することで、いわば快楽性と批評性が同時に刺激される極めて豊穣な事態になっているのだ。

 そのような状況のなか、センキングのアルバムが遂にリリースされた。前作『ポン』(2010)より実に3年ぶりである。その名も『キャプサイズ・リカバリー』。このアルバムはまるで電子音とノイズとビートによる、ひとつ(にして複数の)のイマジネーションのサウンド・トラックのようである。ミニマル、ノイズ、電子音、ビート、空間、時間、無重力、反転。過剰な情報、その音響物質的な転換。情報化社会のポスト・インダストリー・ミュージック。

  結論らしきものへと先を急ぐ前に基礎的な情報を確認しておこう。センキングとはイェンス・マッセル(1969年生まれ)のソロ・ユニットである。マッセルは1990年代より音楽活動を開始し、1998年に〈カラオケ・カーク〉から1998年にアルバム『センキング』をリリースする。2000年以降は〈ラスター・ノートン〉から『トライアル』(00)、『サイレンサー』(01)、『タップ』(03)、『リスト』(07)、『ポン』(10)とコンスタントにアルバムなどを発表していく(〈カラオケ・カーク〉からは2001年に『ピン・ソー』をリリース)。彼はラップトップなどのコンピューターを使わないことで知られている音楽家である。その結果、トラックには独特の音響/リズム(低音)の揺らぎやタイム感などが横溢しており、一度ハマると抜け出せないような中毒的な魅力があるトラック(ある種、ダブ的な?)を生み出しているのだ。そこはかとないユーモアや、イマジネーションを添えて。

 本作『キャプサイズ・リカバリー』リリース前に、センキングは2011年にEP『ツウィーク』、2012年に同じくEP『デイズド』を〈ラスター・ノートン〉からリリースしている。青の地にタイポグラフィという鮮烈なアートワークを纏ったこれからのトラック(特に『デイズド』)は、ダブ・ステップ的なビートを内側からズラすかのような独特なビート感がある。いまにして思えばインダストリーな質感も含めてアルバム・リリースの前哨戦ともいえるトラック・ワークといえよう。

 さて、コンピューターを使用しないことで知られるセンキングの音楽/音響には、ある独特のタイム・ストレッチ感覚がある。いわば伸縮する感覚とでもいうべきか。先のEPを経由した上で生まれたこの『キャプサイズ・リカバリー』においては、その伸縮感がこれまで以上に拡張させられている。ある種のダブ的な音響でもあるのだ。そのビートには時間の伸縮感覚をコントロールしたドラムン・ベースのリズムを、ロウテンポのビートに不意に挿入させていく。ダイナミックに蠢く電子音/ノイズの奔流が聴覚へのさらなるアディクト・コントロールを促していく。さらには、シンプルなメロディを奏でる夢見心地のシンセサイザー・メロディ。とくに、マリンバ的なミニマル・フレーズと粘着的なノイズ/ビートが交錯する“コーナード”と、ダブ的な処理は素晴らしくイマジナティブなアルバム・タイトル・トラック“キャプサイズ・リカバリー”は最高である。まるでダブ・ミックスされたクラフトワークが、TG的なインダストリーな音響の渦の中でスティーヴ・ライヒと正面衝突したような……。そして、このアルバムのノイズやビートの交錯には、どこかロックな快楽すら宿っており、複雑怪奇になったスーサイドとも形容したくなるのだ(また音楽的には一見正反対だが、ミカ・ヴァイニオの今年リリースの新作『キロ』の音響処理に近いものを感じた)。

 そう、複雑怪奇と言いたくなるほどに本作の音響の情報量は濃厚である。しかし、このアルバムにおいては、そのサウンドの奔流がカオスにならずに、見事にデザインされているのだ。まるで都市の雑踏が情報の洪水に転換され、それをひとつのデザインとしてコンポジションされていくかのように。まさにサウンドのカオスを「転覆を修復する」ように、 サウンドのアマルガムに適切なエディットを施すこと。つまりは音響(=情報)をデザインすること。その音楽/音響は、ひとつの(複数の)音響のシグナルのように聴覚から脳を刺激するだろう。

 いわゆる、ノイズやインダストリアル・ミュージックと本作を大きく隔てるのは、そのデザインへの数学的ともいえる繊細にしてダイナミックな感性と技術ゆえ、ではないか。これはカールステン・ニコライをはじめ〈ラスター・ノートン〉の音楽家/アーティストに共通する感覚だが、同時に、彼らは時代と共にその個性をアップデートしており、本年のリリース作品にはどれも強靭なビート感覚に支えられたダイナミックなポップネス(エレクトロ的ともいえる?)を獲得している。そう、いまや、サウンド・アートはあるポップネスを内包するに至った、とはいえないか。

「現在の電子音響/エレクトロニクス・ミュージックを聴きたい」という方には、まずは〈ラスター・ノートン〉の2013年リリース作品をお勧めしたい。なかでも、センキングの本作品は、いわゆるミニマル的な状況から一歩先に脱出したような魅惑があり、現代社会特有の複雑さを快楽的な音響とともに提示している。時代の情報と知覚のスピードが、音楽/音響の速度にトレースされている、とでもいうべきか。より多くのリスナーの耳に届いてほしい作品である。

デンシノオト