Home > Reviews > Album Reviews > Cass McCombs- Big Wheel and Others
たしかに田中宗一郎が指摘するように「自由」という言葉は、空気が読めないとかマイペースとかどちらかと言えばネガティヴなニュアンスで、ひとの状態を表すものとしてすっかり定着してしまった。下手したら自分も普通に使ってしまっていて恐ろしいが、そう言えば最近は「あのひとは、めんどくさい」という形容もよく耳にする気がする。そこには「あのひとは面倒な人間だ」という見解と「あのひとと関わるのは(自分が)面倒くさい」という主張とが同時に示されているようで、要するに「あのひととはあまり関わりたくない」というようなネガティヴな意思が婉曲的に表現されていて、どうにも気持ち悪い。似たものに「ややこしい」もあるが、だとすれば、煩雑なコミュニケーションがとにかく忌避される世のなかなんだろう。自由でもなく、めんどくさくもなく、ややこしくもないひとと付き合ってて面白いのかね、とは思うけれども。
現代のレナード・コーエンとも評されるキャス・マコムスの新作で85分あるダブル・アルバム『ビッグ・ホイール・アンド・アザーズ』は一言で言うととりとめのないレコードで、そしてたぶん、自由で、めんどくさくて、ややこしい1枚だ。長い時間をかけてぐねぐねと曲がった道を辿るサイケデリック・フォーク(・ロック)・アルバムであり、同時に、マコムスそのひとの複雑かつ一筋縄でいかない人間性と分かちがたく結びついていて、聴いているうちにこの入り組んだ構造に振り回されてしまう。
マコムスは2011年に2枚フル・アルバムを発表していて、『ウィッツ・エンド』はダウナーなバラッドばかりのしかし美しいアルバム、対して『ユーモア・リスク』はわりと軽快なロック・チューンが収められたアルバムだったが、その点では『ビッグ・ホイール~』はどちらかと言えば後者寄りで、そこに『カタコンベ』以前のフォーク/カントリー・ナンバーが加わっている印象をまずは受ける。が、全体を覆うムードはどうもこう、ダラっとしている。それはクオリティの低さを示すのではなく、手練のプレイヤーが集まっており、むしろ演奏自体が聴きどころのアルバムなのだが、小節を繰り返しているうちにふいに曲が終わったり、ぜんぜんムードの異なる曲が素っ気なく並べられたりしているせいでそんな感触があるのだ。ヴァラエティに富んでいると言うよりは、作品としてまとめる気がないように振る舞っているようにも見える。タイトル・トラックの“ビッグ・ホイール”のグルーヴィーな反復、“エンジェル・ブラッド”の柔らかなカントリー、“ザ・バーニング・オブ・ザ・テンプル、2012”のムーディーなジャズ、グラム・ロックすらかすめる“サタン・イズ・マイ・トイ”……引き出しが多くて収拾がつかないのか、こちらを撹乱しようとしているのか、ひたすら作り続けている曲をさらっと並べただけなのか、よくわからない。が、この振れ幅の広さ自体がアルバムのテンションともなっていて、聴けば聴くほどこの気難しいアーティストの多面性の隙間に飲み込まれていく感覚がする。白眉は1枚目の最終曲“エヴリシング・ハス・トゥ・ビー・ジャスト・ソー”から、2枚目の1曲目“イット・ミーンズ・ア・ロット・トゥ・ノウ・ユー・ケア”にかけて、つまりアルバムの真ん中だ。前者の、9分にわたって繰り広げられるメランコリックで靄がかかったように気だるいフォーク・ロック・バラッドから、後者のフュージョン的にキレのあるインストゥルメンタルへと向かうコントラストにこそ、マコムスのコアがあるように僕は思えてならない。そしてどちらでも、とてもいい音のパーカッションが鳴っている。「すべてはただ、そう存在せねばらない」……。
いま使われている意味での「自由」の対岸に規則正しさや簡潔でわかりやすいコミュニケーションがあったとすれば、相当なインタヴュー嫌いで知られるマコムスはそこから遠く離れたところでひたすら歌を作り続けているし、それらをすぐに伝わるようにプレゼントしない。アルバート・ハーターの何やら禍々しい絵画を引用したアートワークを含めてアウトサイダー・アートめいているが、本人はそんな位置づけすらバカバカしいのかもしれない。わからないから、また再生ボタンを押す。ひとりのシンガーソングライターの作品を聴きこむことは、骨の折れる対話のようだとつくづく思える。
「ダラっとしている」「まとめる気がないように見える」と書いてはいるがしかし、フォーク・チューン“ブライター!”を1枚目でマクムスが歌い、わざわざ2枚目でハリウッド女優のカレン・ブラックが再び歌っているように、通底するものももちろんある。アルバムでは“ショーン”というサウンド・クリップがインタールード的に3曲挿しこまれているが、これは1969年のドキュメンタリー映画からの引用らしく、ヘイト・アシュベリーのヒッピーに育てられた4歳の女の子のインタヴューが聞ける。60年代の幻想と闇……しかしここからは、こんな無邪気な声がする。「警察は必要だと思う?」「ううん!」。……さて、「自由」とはどういう意味だっただろう。
木津 毅