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Christina Kubisch & Eckehard Guther

AmbientDroneMusique Concrète

Christina Kubisch & Eckehard Guther

Mosaique Mosaic

Gruenrekorder

デンシノオト   Jan 16,2014 UP

 ベルリン出身のベテラン・サウンド・アーティスト、クリスティーナ・クビッシュは、その長い活動歴において、「環境音のリ・コンポジション」を、いかにして音響として定着させるかを思索・実験・実践してきた作家といえよう。彼女は「鑑賞者が専用のヘッドフォンで街を歩き、様々な場所で鳴らされている電子音に耳を澄ます」というサウンド・アート作品などを制作してきたのだが、それもまた聴き手による「都市環境音の再生成」という思索が込められているように思える。録音作品としても街の環境音録音に自作シンセサイザーの音を重ねたカセット作品『On Air』(1984)などを発表。さらに近年では18世紀の楽器グラスハーモニカを用いたドローン作品『ARMONICA』(2005)や、〈raster-noton〉的な電子音響作品『Dichte Wolken』(2011)を発表するなど勢力的な活動を継続中である。

 そして本作『Mosaique Mosaic』はクリスティーナ・クビッシュ、2013年発表のフィールド・レコーディング作品だ。2010年12月にクビッシュがインスタレーションを制作するためにカメルーン滞在時に録音された様々なフィールド・レコーディング音に、ワークショップの音風景を録音したサウンドを加え、それらに絶妙なエディットを施すことで一枚のアルバムとして音盤化したものである。この作品もまた、「環境音のリ・コンポジション」を実践したアルバムに思われる。リリースは〈グルーンレコーダー〉。優れたフィールド・レコーディング作品をリリースし、マニアに評判のレーベルだ。

 本盤に定着された音は、カメルーンの空気や響きを真空パックしたような実に見事なものである。アーティスト・クレジットが録音技師エックハルト・ギュンター(様々なサウンド・アートの録音やエンジニアリングにも参加)と連名になっているのも頷けるというものだ。何故ならば録音とは「世界の音を録音する=切り取る=操作する」という意味では、演奏でもあり作曲でもあるのだから。この音の質感も、まさに一種の作曲/コンポジションといえよう。

 盤を再生すると、まず耳に飛び込んでくるのは人の叫び声だ(教会でのコール&レスポンス?)。そこから街角で流れる現地のポップ・ミュージック、上手くはないが土地の空気を見事に表しているストリート・ミュージック、雑踏、虫の音や自然の音など、カメルーンの街や土地に満ちていた音環境が見事に捉えられていくのだ。

 さらに注意深く聴き進めていこう。するとある奇妙な、まるで音記号の陥没点のような瞬間が訪れる。意味がひき剥がされ、音の物質的な響きが露わにされる瞬間。虫の鳴き声がまるで電子音響のドローンのように響く/聴こえるとでもいおうか。それもまたフィールド・レコーディング聴取の魅力である。遠く離れたカメルーンの土地で鳴っていた音響が録音として切り取られた瞬間、それらが元の音の意味から逸脱し、誰もが聴いたことのない「新しい音楽」として生まれ出る瞬間を、私やあなたの「耳」(この環境や記憶や体調によってすべてが変わってしまう曖昧なもの!)が聴きとることができるのだから。そこに、かつて、「あった」はずの、音が新たに再生され、生成し、変容していくという驚き。

 本作において、クリスティーナ・クビッシュはそんなフィールド・レコーディング作品が持つ驚きを見事に作品化している。だが、同時に、彼女は、あるメッセージを細やかで大胆な編集によって、作品に紛れ込ませている。それは何か。本作を聴いていると、乾いたカメルーンの街角の雑踏、声、ストリートや教会の音楽は、互いに互いを呼び掛けていく、大きな音の連鎖のように聴こえてくる。もしかするとクリスティーナ・クビッシュは、そこに人と人、人と音、音と世界の、大らかで自由なコール&レスポンスを聴き取ったのかも知れない。だからこそ、あれほどに現地の音楽(演奏)や人の大きな声でのやり取り、教会のコール&レスポンスなどを取り入れているのではないか。

 フィールド・レコーディングと編集による土地と音と世界のコール&レスポンスの浮上と生成。そこにクビッシュが込めた大切なメッセージがあるように思える。私たちは呼びかけ、世界は応える。世界が私たちに呼びかけ、私たちが答える。それは言葉の会話ではなく、音による応答。クリスティーナ・クビッシュは、そんなフィールド・レコーディングによる「アワーミュージック」を浮かび上がらせたかったのではないか、と……。

 ともあれ、ことさらに空想めいた結論を急いでも仕方ない(同時に音は人にインスピレーションを与えるものだからどんな想像でも間違っているとは思えないが)。音楽は音の悦びだ。まずは本盤の見事な録音と編集を存分に味わおう。ここにあるのは音の編集よる記憶と記録と逸脱の定着と共有だ。この「私たちの音楽」は、聴くほどに世界と音との関係が生まれ直すような感覚を味わうことができる。だからこそ私はこれからも何度も何度も何度も(当然、これを書いているいまも)、この遠く離れたカメルーンの環境音を定着した銀盤を聴き返すだろう。アルバム全13トラック。映画のシークエンスのように繋がるこれらの音響に耳を澄まそう。自分と音と世界、その三つの関係性を調律するように。そして、問い直すように。

デンシノオト