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Bing Ji Ling

BalearicFolkPopSoul

Bing Ji Ling

Sunshine For Your Mind

Rush! Production/AWDR/LR2

Amazon iTunes

野田 努   Jan 23,2014 UP

 昨年末の超満員のリキッドルームでモダン・ラヴァーズの“エジプシャン・レゲエ”をカヴァー(というかフレーズを引用)したのはオウガ・ユー・アスホールだった。そして、パティ・スミスがリアーナの“ステイ”をカヴァーしていると教えてくれたのは三田格だった。どちらも意外と言えば意外で、いや、オウガはアリか……、しかし後者は意外でしょう。かねてよりカヴァーを好み、歌詞マニアとして高名なパティ・スミスでさえもリアーナを認めるのか! と嬉しい驚きである。

 カヴァーは、商業音楽における常套手段だ。多くの人の耳に馴染んだヒット曲をオリジナルとは違ったアレンジで再現することは、アレンジの妙技を伝え、売れる可能性も追求する。多くのカヴァーにおいては、より洗練されたアレンジが求められる。たとえばレジンデンツの嫌味な“サティスファクション”ではより売れなくなり、リンダ・ロンシュタットが“アリソン”を歌えばエルヴィス・コステロの原曲より大衆受けする。カーペンターズがビートルズをカヴァーすればビートルズを聴かない層にもアピールする。
 それはAORへと繋がる。それは口当たりの良いMORへと繋がる。不思議なもので、バート・バカラックの“クロース・トゥ・ユー”をジャマイカのフィリス・ディオンがカヴァーすればルードボーイが涙し、北欧のジャズ・シンガーが歌えばオヤジの外車で再生される。マイルス・デイヴィスがシンディ・ローパーの“タイム・アフター・タイム”をカヴァーすれば誰もが微笑む。カヴァーは、聴き手を選び、原曲の方向性を変えることもできる。たいていの場合、我々音楽ファンを楽しませてくれる。

 Bing Ji Ling(冰淇淋)とは、中国語でアイスクリームを意味するそうだ。上海に1年住んだことのあるという彼は、トミー・ゲレロのバンドのメンバーとして紹介されることが多いようだが、調べると、西海岸のタッスルの元メンバー(ジ・アルプスのメンバーでもある)なんかともいろいろなプロジェクトをやっていたことがわかる。ノルウェーの〈スモールタウン・スーパーサウンド〉、サンフランシスコの〈ロング・ミュージック〉、ニューヨークの〈DFA〉といったクラブ系のレーベルから作品を出している。ディスコ・バンド、フェノメナル・ハンドクラップ・バンドのメンバーとしての活動も知られているが、ソロとしてのキャリアも10年ほどある。日本では、2009年に〈RUSH! PRODUCTION〉から出た『So Natural』が話題になったが、同年のシングル「ホーム」はクラブ・ヒットもしている。
 彼のユニークなところは、彼の経歴からもわかるように、アコースティック・ギターとソウル・ヴォーカルの組み合わせ──いわばSSWの弾き語りスタイル──をクラブ・ミュージックのコンテクストと接合した点にある。言うなればチルアウトなソウル歌手だ。

 ビン・ジ・リンの新作は、全曲カヴァーで、プリンス、シャーデー、ドナ・サマー、リル・ルイス、ティアーズ・フォー・フィアーズといった有名どころから、80年代に活躍したロンドンの洒落たラテン/ソウル/ジャズ・バンド、ルーズ・エンズ、スイスのシンセポップ、ジャズのスタンダードなんかの曲も試みている。ちなみにドナ・サマーの曲は、超有名な“ラヴ・トゥ・ラヴ・ユー・ベイビー”。他は、リル・ルイスの“クラブ・ロンリー”、プリンスの『パレード』収録の“アナザー・ラヴァー”、シャーデーの『ラヴ・デラックス』収録の“キス・オブ・ライフ”など、80年代なかばから90年代初頭にかけての曲が多い。
 アイスクリームを名乗るくらいだから、実に口当たりの良い、洗練されたアレンジと歌をビン・ジ・リンはやる。軽いボサノヴァや無害なジャズに混じって高級車やカフェでかかっていることも充分にあり得るだろうし、うちの母親だって聴け……るってことはないだろう。居酒屋でかかるって感じではない。が、とにかく、それほどぱっと聴きは、清潔感に満ちた、青く透明に広がるMORなのだが、しかし“ラヴ・トゥ・ラヴ・ユー・ベイビー”や“クラブ・ロンリー”の歌詞を思えば、これはエロさを隠し持った清潔感なのである。しかも、アルバムはチルアウトな感性で見事に統一されている。録音のクオリティも高く、マンキューソに評価されるのもうなずける。
 このアルバムにはシュギー・オーティス(ソウルに電子音を注いだ先人)からの影響も見受けられる。エレクトロニクス(電子音からギターのループなど)と適度なパーカッションは、目立たないけれど、あまたのアコギ+歌モノとは一線を画すべく、ユニークな響きを引き出している。マーク・マッガイアがアコギでバート・バカラックのカヴァーを歌っていると言ったら大げさだけれど、というか、そのレヴェルの面白さを誰か追求して欲しいものだが、タッスル~ジ・アルプスとの共作という過去とも、言われてみれば繋がるなとは思う。また、本作は最近のネオアコな気分とも同期している、と言えなくもないか。

野田 努