Home > Reviews > Album Reviews > Alexis Taylor- Await Barbarians
いやあ、高い。イギリスのポンドがどんどん高くなってきている。たとえば、昨年から人気が急上昇している〈ザ・トリロジー・テープス〉の12インチ・シングルは、もはやLP1枚分の価格になってしまった。〈リーボック〉と〈パレス〉のコラボ・スニーカーの映像でも強靭なノイズを添えていたリゼット(Rezzet)の新作EPが発売されるようだが、レーベル直販だと送料込で3000円とな……。日本のレコード・ショップがある程度安く仕入れてくれればいいのだが、日本に入ってこないレコードだってある。こうなるとアマゾンの利用は避けられない……。なんて、こんな風にお困りの方は少なくないのでは? 他ならぬ本作『アウェイト・バーバリアンズ』もそうだ。7インチ付きの限定盤は結局、ずいぶんな高値で通販することになった。
昨年の夏はアバウト・グループで『ビトゥウィーン・ザ・ウォールズ』をリリースしたアレクシス・テイラーことアレ様。どうやらホット・チップとしての活動はまだしばらくないようだ。
昨年のソロEP『ナイム・フロム・ザ・ハーフウェイ・ライン』のレヴューでもふれたが、デモ・テープ趣味というか、絵のアウトラインまで描いて色は塗らないアレ様のセンスが本作にももれなく反映されている。一部のストリングスを除いてすべてアレ様が楽器を演奏している、だけでなく、録音もプロデュースもアレ様自身の手による、まさに純然たるソロ作だ。全編にわたってビートはほとんどなく、ピアノの独走にちかい楽曲さえある。『ビトゥウィーン・ザ・ウォールズ』で垣間見られたフォーク趣味も、バンジョーの音色でより際立っている。キーボード/アコースティック・ギター/ドラムなど、ひじょうに簡素な伴奏にのせて、さながらボニー・プリンス・ビリーのように粛々と弾き語る。
それにしても、相変わらずアレ様の音楽は親密的な空気をもっていて、ドアを閉めきったスタジオ=すなわちアレ様の音楽部屋で新作のデモ演奏をきいているかのようだ。その密室感=近さを息苦しいと感じたり、苦手におもう人もいるだろう。しかし、アレ様はそんなことは気にしていないのだ。彼は彼の制作意欲に基づいて音楽をつくっていくだけ。たとえピッチフォークでの点数が低かろうが、僕がまわりくどくレヴューを書いたところで、アレ様にはなんの意味もなさない。と、わざわざ書きたくなるほど、ひとりの男の完結した世界が、たしかな強度をもって本作には真空パックされている。ダンスフロアを裏切ってにわかにフォークに逃げた、というわけではないことは、そもそもホット・チップ自体が当初はフォークのスタイルではじまっていたことを考えれば納得のいくところだ。
エルヴィスにディランにホイットニーにプリンス──ポップ・ミュージックの先人たちの名を歌うアレ様の姿からうかがえるのは、自分の趣味をあきらかにして誰かと共有したい欲求。「いつだって他人の音楽のことを考えているし、つねに音楽を聴いていることで、自らにインスピレーションを与えている」と語るほど、とても純粋にいち音楽ファンであり、そうした謙虚ながらノーブルな態度を表明することで、彼と音楽との関係性に……いや、彼とリスナーの間に、だろうか、ふかい喜びと同時に疑念が生まれる。つまり、アレ様がこれから先どれだけ音楽をつくっていったとしても、じつは彼はエルヴィスやディランやホイットニーやプリンスのただのファンでしかないのではないか、というアレ様ファンとしてのコンプレックスのような疑念だ。自らの才能をアピールしたりすることなく、参照先をいつでも語る謙虚さは、ファンに歴史を顧みることを促すという意味ではすばらしい。しかし歌詞になってでてくるとどうだろうか、ソロ作はいつもデモ・テープみたいだし……。なんておもってしまうのも事実。参照先を免罪符としているのでは、という疑念がなくもないのだ。もちろん、アレ様のことだからそんなつもりはないのだろうが。つまり、アレ様ファンは、彼を最高だと手放しでいえるような、完成されたアルバムをいまだに欲している。僕が最高だと言いたいのは、エルヴィスやディランやホイットニーやプリンスではなく、アレ様なのだから。
本作を聴いていて、驚くような音の瞬間はないかもしれない。が、ひとりの人間を深追い/深読みして音楽を聴くのが趣味のひとには、ぜひ聴いてみてほしいアルバムだ。
■参照記事
Alexis Taylor: | Consequence of Sound:
https://consequenceofsound.net/2014/06/alexis-taylor-no-more-barriers/
斎藤辰也