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Alexis Taylor

Alexis Taylor

Nayim From The Halfway Line

Domino

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斎藤辰也   Feb 12,2013 UP

 これよりいい音楽作品はたくさんある。なんてことをアレクシス・テイラーは自分から言わないかもしれないが、すくなくとも、ホット・チップと離れたところで彼が発表するプロジェクトに共通してうかがえるのは、世の完成された音楽とのあいだに距離をおきくかのように、自らの作品に未完成性を残したまま発表するような姿勢だ。彼の以前のソロ作『ラブド・アウト』はGarageBandを用いてつくられたさしずめホーム・デモ集だった。ジョン・コクソン(スピリチュアライズド/スプリング・ヒール・ジャック)/パット・トーマス/チャールズ・ヘイワード(ディス・ヒート)との連名作『アバウト』は一堂の会したその日のジャムで、同メンバーの2作目にあたるアバウト・グループによる『スタート & コンプリート』はスタジオ入りの数日前に聴かせたデモ音源をもとに1日で録音されたプリプロ段階のような半即興アルバムだ。いずれも、ホット・チップのようにプロダクションを作り込む、ということを避けている。

 なぜアレクシスは未完成性を作品に残すのか。
 おそらく、彼は気持ちのどこかで引っ込み思案になっているのではないかと思う。グッド・ミュージックへのコンプレックスめいた葛藤とでも言えるだろうか。
 アレクシスにはミュージシャンであるのと同じかそれ以上にオタクなまでにリスナー気質があるように思える。自分の音楽趣味を歌うことがよくあるし("ダウン・ウィズ・プリンス")、ミュージシャンである自分を俯瞰さえした歌詞もある("フルーツ")。インタヴューでも好きな音楽に関して雄弁になっていることが多い。世にいい音楽がたくさんあることを知っていて、そのなかであえて自分が音楽を作って世に送りだすとき、たとえそれがオリジナルなものであると自信を持っていようと、他人が自分の作品をよしとするかどうかに期待がないのだろう。未完成性を残すのは、グッド・ミュージックで満ちあふれる世の中あるいは(ホット・チップが活動してきた)メジャー・フィールドからの、アレクシスなりの降り方なのではないか。そして、そうしたある種のプレッシャーから自由になれる彼の居場所が、自宅にあるという音楽部屋なのだろう。ひとりの作業で、自らの内に内にこだわりをもって向かっていく。ビートルズやビーチ・ボーイズのようなオールディーズのレア音源(ブートレグ)を彼は多く所有しているし、ホーム・デモや初期テイクの演奏の質感への憧憬もあるかもしれない。

 今作『ナイム・フロム・ザ・ハーフウェイ・ライン』は、とにかく全4曲とも、アレクシスなりの音や楽器へのフェティッシュなこだわりがうかがえる。というか、おそらくそれだけのために作られている。
 反復するリズムボックスのうえから、"ローズ・ドリーム"なんて曲もあるようにローズを得意気に弾きながらも、ぎこちないベースを弾いてみせたり、ワウをかけまくった(おそらく)ギターの音や、風呂場で録ったようなドラム/パーカッションのやはりぎこちない音が披露される。4曲中3曲で聴かれるドラム/パーカッションは、特にフェティッシュな響きを曲に与えていて、ぎこちなさが楽器へのこだわりそのものを際立たせている。それらが挟まれるタイミングが、彼の親友であるブライアン・ディグロー(ギャング・ギャング・ダンス)のカットアップと似た響きをもっているのも微笑ましい。
 逆に、アレクシスの最大の魅力である歌声があまり聴かれないのも、楽器への偏重を物語る。ヴォーカルが入っていても、それはピッチ操作をされていたり、ロボ声に取って代わられていたりする。少ない言葉のリフレイン、無感情のヴォーカルなど、今作はいささか挑発的でひねくれた感覚があり、これまでの彼が披露してきた魅力を自ら封じているのは明らかだ。クリスマスに録音されたという"ジーザス・バースデイ"にいたってはまったくのインストで、エコーとディレイがかった微細なノイズが間隔を空けながらも情感的に鳴らされる。外のことを忘れ、音楽部屋にこもりきり、ひとりでこれを作っているアレクシスの姿を容易く思い浮かべられる。誰の理解をも求めないフェティシズム、ここに極まれり。

 しかし、そのフェティシズムはどこからくるのか。
 アレクシスは音楽部屋にこもりながらも、間違ってもトクマル・シューゴのような楽器の名手というわけではない。ドラムが苦手だと僕に話してくれたこともあれば、本誌インタヴューではギターがまったく下手で、ナチュラルに弾けないと答えている。が、しかし、そのふたつは今作でも目立って聴こえる楽器だ。
 以前、アレクシスといっしょにオーネスト・ジョンズに行ったとき、おすすめを尋ねたところ、オマー・ソウリーマングループ・ドゥウェイで、そのころのアレクシスのギターのエフェクトはこの両者のサウンドとよく似ていた。
 今作『NFTHL』についての『ディス・イズ・ザ・フェイクDIY』誌でのインタヴューでは、彼の大好きなロイヤル・トラックスのギタリストの名をあげている。アレクシスは、自らの音楽ヒーローへの憧れ(あるいはワナビズム)と不得意の狭間で楽器を演奏しているのかもしれない。そうだとすればこそ、その狭間で生じるやりきれなさや、憧れが背後にあるフェティシズムが、未完成性をともなった作品としてレコードに着地してしまうのではないだろうか。

 いずれにせよ、昨年のホット・チップのようなポップネスや完成性を今作に求めてもいけないし、アバウト・グループのような歌心も期待してはいけない。あくまでリスナーにできるのは、決して雄弁になれないもどかしさのつきまとう楽器演奏をあたたかく見守ることだけだ。
 
 残る疑問として、なぜこのタイトルなのか。昨年のホット・チップ来日公演でもオリンピックのマークを模したTシャツを着ていたし、フットボールネタが熱かったのだろう。ロンドンのフットボール・チームであるアーセナルとトッテナムの確執念頭にあるようだが、アイロニーをこめているのかも不明瞭である。


参照記事

トッテナムがアーセナルを嫌いな理由 - Fun!!Footba!! -:
http://shamoonyouspurs.blog118.fc2.com/blog-entry-73.html

Alexis Taylor: 'I Can Make More Enjoyable Mistakes On My Own' | Features | DIY:
http://www.thisisfakediy.co.uk/articles/features/alexis-taylor-i-can-make-more-enjoyable-mistakes-on-my-own/

interview with Hot Chip - いいですか? 絶対に真実は言わないください | ホット・チップ | ele-king:
http://www.ele-king.net/interviews/002235/

さあ、世界よ、グッドメロディのポップ・ソングをもって小躍りせよ―ホット・チップが新作『イン・アワー・ヘッズ』を発表&来日! | Qetic - 時代に口髭を生やすウェブマガジン "けてぃっく":
http://www.qetic.jp/interview/hot-chip/80557/

斎藤辰也