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The Drums

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The Drums

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橋元優歩   Oct 10,2014 UP

 “いま”も“未来”もうっとうしくて無粋なもの、ただ過去だけが美しい……ザ・ドラムスのビーチ感あふれるヴィンテージ・ポップは、つまりはそういうつめたげな現実認識と美意識の裏返しなのだろうと思っていた。

 「起きて、ハニー。素敵な朝だよ。ビーチへ駆け出そう」という彼らの曲にはむしろ厭世観すら漂っていた。のちに明らかになったジョナサン・ピアース自身の社会的なマイノリティとしての性質や、彼ら自身の知的なふるまいなどを考え合わせると、おそらくそれは間違いでなかったのだろう。
 しかし、今作においてあの冷やかなまでのポップの黄金律がひっくり返り、痛々しく破れ、そこから生々しくパーソナルな内面性が奔出しているのをまのあたりにすると、なるほどすましたスタイルの底にはこれだけの混乱やデーモンがあったのだと納得もしてしまう。2010年前後のインディ・シーンにひとつのトレンドを築いてしまったサーフ・ポップ・スタイルのレトロなガレージ・バンドたち。皮肉にもその先導役ともなりファッション・アイコンともなってしまったザ・ドラムスは、意図的ではないかもしれないが、いまその残り火を消し、自分たちのための小さな場所へとやっと戻ってきた……いや、見つけたかのようにみえる。その場所の名は“マジック・マウンテン”。山だ。

 「ぼくらの魔法の山にいれば/やつらから守られている」(“マジック・マウンテン”)を筆頭に、「いつか月はしずむだろう/その時にはきっと僕らはこの山の一部になるんだろうな」(アイ・キャント・プリテンド)、「空は暗くなり、オオカミたちが駆け戻ってくるから、僕らは朝の光が差し込んでくるまでここでおとなしく待っていよう」(“ワイルド・ギース”)など、偏執的に繰り返されるアジールのモチーフは、おそらくはここまでの間に彼らがくぐってきたであろう、苦しくつらい個人的背景や事情を推し量らせる。ジャケット写真のぽっかりと方側が空いたソファは、去って行ったメンバーや、つがいの関係性について、あるいは単純にひとつの心象を暗示する切ない表現だ(日本盤のライナーノーツにはこの間のバンドの状態やそれぞれの事情が詳しい)。それとベタ付けるわけではないけれど、恋愛や家族をふくめた人間関係に傷つきながら過ごした時間と、本作の音とのあいだには強い結びつきがあるように思う。“レット・ミー”ほか作品全体に通底するものだけれども、“マジック・マウンテン”の終始不穏当なムードを漂わせるポスト・パンク調には少なからず驚いてしまった。ドリーミーなリヴァーブ感は初期から一貫しているものの、こうソリッド曲はめずらしいし、以前のようにサイケデリックな表現に抑制がきいていない。ドラムスらしいシンセのリフが哀しく頼りない口笛のように響く。山が守られているというのは、この口笛のようなリフと同じくらい頼りない幻想でもあるのだろう。MVでは魔剣を手に山に分け入るふたりの姿があるが、それもわかりやすく痛ましい比喩──彼らにとって状況をきりひらくもの、自らを守るものとしてあまりに直接的な喩である。そしてシンセサイザーも、本作においては魔剣や山につらなるお守りや精神的な拠りどころのひとつであるかのように感じられる。
 “フェイス・オブ・ゴッド”もこの線の名曲だ。こちらも切迫感あるダークなポスト・パンクで、単調なギターがむしろ切なさをかきたてる。そして、ピュンピュンと飛び交うシンセが新機軸でもあり、彼らのこれまでのシックなスタイルに異様な異物感を与えている。サイケ・ポップなのではなく、ポップがサイケデリックになっているとでもいうか、ザ・ドラムスの端整なポップ・ロジックをやぶるようにシンセが機能していて、それがとてもよいと感じられる。おそらく人によってはこのあたりをマイナス・ポイントとして考える部分かもしれないけれども、破れ出てきたリアリティという点で、筆者はどうしても評価したくなる。その名も“ベル・ラボラトリー”は、音響の歴史を紐解くには浅いかもしれないが、ビーチを離れ(そもそも丘サーファーだけれども)、「山」へと逃れた彼らが見つけた新しい音としてちゃんと実をならせている。短い詩句も印象的だ。
 そして、それはやさしい終曲“ワイルド・ギース”に引き継がれる。はじめてシンセがそれらしく楽曲とかみ合うトラックでもあり、本作中、また彼らのキャリア中最大の番狂わせでもある。アコースティック・ギター弾き語りを軸にしながらも、エモーションの流れにまかせ、ゆったりと、スケール感をもってエレクトロニクスが曲を肉づける。〈サラ〉や〈エル〉などのギターポップの感触が、アンビエントの様相を帯びる。フォークトロニカとまではいわないが、こんなザ・ドラムスを聴く日がこようとは思わなかった。音の向こうに確実に人のいたみや変化をきく──時代やシーンにではなく、個人にとどくアルバムになったのではないかと思う。

橋元優歩