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Arto Lindsay, Paal Nilssen-Love

ImprovisationNoise

Arto Lindsay, Paal Nilssen-Love

Scarcity

PNL

デンシノオト   Nov 25,2014 UP

 惚れ惚れとするレコードに、そうそう出会えるものではない。録音されている音楽の唯一無二さ、録音物それ自体への偏愛、盤を包み込むアートワークへのフェティッシュの悦楽がすべて出そろい、そのうえで尚かつ人生の核心への強烈な一撃/一音が発生している場合のみに生じる稀有な出来事といえるからだ。そして、このアート・リンゼイの新しいアルバムこそ、そのような事態を引き起こす稀な存在なのである。

 そのアルバムの名は『スケアシティ(Scarcity)』という。私は、いままさに、アートのギターから発するノイズの暴風に、声の咆哮に、リズムの痙攣するような刻みに、音響の震動に、ギターのピックアップから発せられる軋みに、圧倒されている。そのノイズの横溢に惚れ惚れとしている。エレクトリック・ギター、叫び声すべてがインプロだ。なんという暴発的なノイズか。なんというエレガントな爆音か。このギターの音は何か。この音は何か。彼の演奏は何なのか。例外という場所にある、さらなる真の例外状態から鳴らされる音、音、音、音の渦。いや、そもそもこの音は音楽なのだろうか。音楽を超えているのではないか。いや、音楽だ。音楽的なノイズというべきか。音と音の隙間、無調とノイズの隙間に音楽が宿っている。まさに、あのアート・リンゼイのノイズ/ギターとしか言いようがない音。

 もっとも本盤は、アート・リンゼイのソロ作品でない。ノルウェイのジャズ・グループ、アトミックのドラマー、ポール・ニルセン・ラヴとの競演作である。演奏は2013年7月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでライヴ録音された(このライブはブラジルの〈Quintavant〉というノー・ウェイヴ魂が炸裂するような作品をリリースするレーベルの企画。このレーベルは現代的ノー・ウェイヴ作品ばかりをリリースしており注目だ。http://quintavant.bandcamp.com/。ポール・ニルセン・ラヴの音源もリリース)。

 とはいえ、アート・リンゼイの名が、レコード・ジャケットの表面に堂々と印刷されたアルバムを手にしたのは何年ぶりのことだろうか。むろんベスト盤や参加作品などではなく、いわゆる新録音の作品として、である。となると2004年の『ソルト』以来ではないか。つまり、10年ぶり。とはいえ、今年のアート・リンゼイはベスト盤『アンサイクロペディア・オブ・アート(邦題・アート・リンゼイ大百科)』(ライブ盤と2枚組)をリリースしており、さらには来日も果たし、小山田圭吾らとライヴを行い、日本の観客にむけて、その健在ぶりを示したばかりだ。

 このアルバムも、アート・リンゼイ印の強烈なノイズ・ギターが、アルバム全編にわたって炸裂している。まさに健在。この作品をリリースしたポール・ニルセン・ラヴには感謝しかない。彼の自主レーベルから〈PNL〉からリリースされたのだ。本作は、先に書いたよう全編インプロ演奏のパッケージングだ。90年代中期以降のソロ作品に聴かれた瀟洒なブラジリアン・ミュージックの要素は、表面上はまったく皆無である。
 アートは、まるでDNA期のような独自チューニングのギターを掻き毟り強靱なノイズを発しつづける。そこにポール・ニルセン・ラヴの複雑なドラミングが絡み合い何とも激シブなサウンドが生成/炸裂していくのだ。二人の演奏のテンションは半端ではないが、アートのノイズ・ギターがそうであるように、本盤の演奏にはどこか冷め切った詩情がある。それはブラジルという彼のもうひとつの「故郷」で生まれた裏返しのサウダージ感とでもいうべきものかも知れない。冷徹と激情。ノイズとサウダージ。その相反するものが圧倒的な爆音/ノイズとして瞬間的に生成しており、ああ、これはアート・リンゼイの音だと惚れ惚れしてしまうのだ。
 
 先に書いたように、このアルバムは、すべてインプロ/ノイズである。つまり彼のギターのノイズをとことんまで堪能できるアルバムだ。聴けば分かるがアートの熱情はまったく衰えていないどころか、爆音と痙攣するようなノイズ・ギターはますます研ぎ澄まされている。
それに応答し、ときには演奏を牽引するポールのドラミングも素晴らしい。“Scarcery1”で、それまで複雑なドラムプレイを繰り広げていたポールが、突如、裏拍のシンプルなリズムを叩きだし、そこにアートのノイズ・ギターが交錯するあたりは、本盤のクライマックスといえる。

 録音時間26分。その短さもクールだ。アナログ盤ではA面“Scarcery1”に18分の演奏を33rpmで収録し、B面“Scarcery2”に6分42秒の短い演奏を45rpmで収録している。CDは当然2曲入りだ。パっと始まり、ザクっと終わる。これぞノーウェイブ・スピリッツではないか。いうまでもなく、その瞬間に生成していくような演奏の密度は「26分」という時間概念を遥かに超えており、無限の時間が一撃のノイズに圧縮されているようだ。
 
 この圧縮されたノイズの一撃の中に、私はアート・リンゼイという一人の男の人生を聴く。この10年、アート・リンゼイの身に何があったのか。彼は2004年にニューヨーク離れ、ブラジルに移住したらしい。その後、一説には病気になったとも、契約もなかったとも言われているが、どんな理由があってにせよ、彼は、何らかの欠乏状態にあったのではなかと想像してしまう(むろんまったく反対に充足していたといえるかも知れない)。欠乏、そして不足。『スケアシティ』という捻ったアルバム名から想像できる事態の数々。YouTubeに上がっているライヴ演奏などを見れば、一瞬にして分かってしまうが、今の彼は、そんな人生の複雑な棘を、ノイズとして表現しているように思える。人生のサウダージ・ノイズ。

 アルバムは見開きのダブル・ジャケットになっており、中面には大きくアートとポールの写真が使われている。その二人の醸し出す雰囲気が素晴らしいのだ。中年になり、いささか贅肉のついたアートの、その無精髭と、冷徹でクールな視線。ヨレヨレなのに、棘のようにかっこいい。まるで亡命者のような彼の佇まいは(実際、彼はまさしく亡命者であろう!)、なんとも素晴らしい。

 本作のミックスとマスタリングは、 ノルウェイのノイズ・ユニット、ジャズカマーのラッセ・マーハウグが行っている(ラッセ・マーハウグは、ポール・ニルセン・ラヴと共演し、〈PNL〉より『ストーク』(2007)、『ノー・コンボ』(2011)を発表。またジム・オルークを加えたトリオ演奏作『ザ・ラヴ・ロボット』や、大友良英を加えたトリオ作『エクスプローション・コース』なども2013年にリリースしている)。その埃に塗れたような霞んだ音は、ブラジルのストリートを思わせもする素晴らしいものだ。また、この作品の魅力的なアートワークも彼の手によるものである。

デンシノオト