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John Grant with the BBC Philharmonic Orchestra

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木津毅   Jan 09,2015 UP

 年末のアメリカのゲイ・カルチャー・マガジンを読んでいると、どうも去年のベスト・ゲイ・ドラマは満場一致で『LOOKING』に決定のようだ。『LOOKING』はテン年代最高のゲイ・ムーヴィー『ウィークエンド』(日本では映画祭上映のみで一般上映なし。これは由々しき問題である。)の監督アンドリュー・ヘイもいちぶメガホンを取ったドラマ・シリーズで、要するに何がウケたかというとその普通さである。サンフランシスコに住む、とくに何が突出しているでもない――そのへんのインディ男子と変わらない――、収入もそこそこのゲイたちの曖昧な孤独と欲望に彩られた日常……すなわち、ゲイとして生きていくこともべつに苦難ではない時代の、それでもゲイ固有の人生にまつわる機微を親密に描いている。日本で見ているとどうしても「サンフランシスコは進んでるな~」という感想になりがちなのだが、しかし逆に言えば、サンフランシスコのゲイ・タウンに住んでも彼らは切実に愛を探しつづけることから逃れられないようなのだ。

 アンドリュー・ヘイが『ウィークエンド』で大々的に映画音楽として使い、そして『LOOKING』でさりげなく挿入していたのがジョン・グラントだった。たしかに、その男の歌は「普通のゲイたち」の日常のサウンドトラックにふさわしいのかもしれない。グラントはまさにどこにでもいるような、ひげ面のちょっとベアが入ったゲイ中年で、歌っていることも赤裸々なラヴ・ソングに時折ゲイ的なスパイスが入る……といったものだ。自ら華麗な舞台を設定したり(ルーファス・ウェインライト)、メタファーと隠語を多用して社会風刺したり(ペット・ショップ・ボーイズ)、ハイ・アートを拠りどころにしながら根源的に愛と死を見つめたり(アントニー・ハガティ)、その異物性を一種復讐的にさらけ出したり(パフューム・ジーニアス)、鋭い知性で黒い笑いをまき散らしたり(マトモス)……することはない。ネルシャツを着てニット帽をかぶって、別れた恋人への恨みやHIVポジティヴとして生きることを朗々と歌い上げる。皮肉と自虐的な笑いを散りばめつつ、しかし飾らずに、ただ自分の人生と感情に正直に語るばかりだ。

 そしてその正直さゆえだろうか、ジョン・グラントは、とくにヨーロッパでアイコニックな存在にまで上りつめた(UKのゲイ・カルチャー・マガジン『ATTITUDE』のマン・オブ・ザ・イヤー、『ガーディアン』表紙など)。上りつめた、と言っても、本人はとくにスタンスを変えずに世界各地を回りながらひとりのゲイ中年の孤独と愛を歌いつづけている。このライヴ盤はしばしばインディ・ロック・ミュージシャンと企画ライヴを行っているBBCフィルハーモニック・オーケストラとの共演盤で、たしかに彼のドラマティックなメロディにはオーケストラの華麗なアレンジも合っているのだが、とくに「ゴージャス!」「壮大!」というほどの大仰さはなく、むしろラフさがかなり残る聴きやすさがいい。それこそルーファス・ウェインライトのようなオペラに対する執着も感じられず、彼のシンガーとしての魅力が素朴に浮かび上がっている。

 もう1枚の同発がグラントがヴォーカルを取っていたザ・サーズ(と読むそうです)のベスト・アルバムで、これは間違いなくソロがヒットしたことによる再発盤。僕のようにソロでグラントのことを知ったリスナーでもこの2枚をざっと聴けばキャリアが総括できるようになっている。70年代のシンガーソングライター・アルバムを思わせるフォーク・ロック/カントリー・ポップが多くを占めていて、シンプルなバラッドが魅力的ではある……まあ、地味と言えば地味だが。どうも初期はコクトー・ツインズのサイモン・レイモンドがプロデュースをしていたらしく、そう言われれば道筋が見えてくるような気はする。いずれにせよ、ガス・ガスのプロデュースによって一気にシンセ・ポップに接近したソロの最近作『ペイル・グリーン・ゴースツ』が全キャリアの最高傑作であることは疑いようがなく、とにかくジョン・グラントの聴きどきはいまだということはあらためて強調しておきたい(ハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェアとの共演シングルも含め)。

 そして彼の音楽に耳を傾けていてあらためて思うのは、その歌にはどこか心を落ち着かせる作用があるということである。それは癒し、ではもちろんなくて、“ヴェトナム”で「俺が唯一落ち着くのは、お前がこの先誰といようと、お前が孤独だってわかることだよ」と別れた男に歌われると、ああ、そうだよな、と思うことだ。それは明らかにグラント自身に向けても歌われていて、その歌声にはどこか「真実」にいたる以前の「事実」の厳格な手ごたえがある。そうして、聴き手も「お前自身の孤独と向き合え」と告げられるのだ。それはまず前提なのだと。
 インタヴューによると、ジョン・グラントは親にゲイであることを認められなかったそうだ。そのことは“ジーザス・ヘイツ・ファゴット”で「ジーザスはカマ野郎が嫌いなんだよ、息子よ」よおどけて歌われているが、それは彼があらためて口にするこの世の「事実」だ。神や信仰や「家族の価値」を理由に同性愛者を排斥する人間が世界にまだたくさんいるのはたんなる現実だ、と彼は歌うのだ。それが肉親であっても。

 だからこそ、ライヴ盤のハイライトになっている“グレイシャー”には息を呑むものがある。「自分の人生を生きたいだけ 知る限りの一番いいやり方で/だけどあいつらは言い続けるんだ お前にそれは許されていないと」という歌い出しは、「同性愛者の人権を守る施策は必要ない」と口走る政党が政権を執るこの国においてもたんなる「事実」だ。では、すべてのゲイの人生に捧げられたこの曲の、「だけどこの痛みは、きみに向かって行く氷河/深い谷を彫り 壮大な風景を創り上げていく」というコーラスは、その先の「真実」なのだろうか、いや……。
 “グレイシャー”の感動的なアウトロを聴いていると、どうしてグラントがオーケストラと共演したのかがようやく理解できる。そこでは彼のやり方で本当に「壮大な風景」が創り上げられているからだ。

 ジョン・グラントはごく普通のゲイ中年である……肉親に愛されなかったことも、HIVポジティヴだということも、別れた恋人に醜い憎悪をぶつけずにいられないことも、それでも愛を歌わずにはいられないことも、ゲイにとって……いやゲイでなくても、なんら特別なことではない。「真実」なんてものは知らなくても、自分に正直であり続け、そして彼はただ、ありったけの願いを深い声で歌ったのだった。

木津毅