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高橋勇人
Feb 4, 2015
「eclectic」という英単語を、『リーダーズ英和辞典 第3版』で引くと、「(多種な分野から)取捨選択する;折衷主義の, 折衷的な」という字義が出てくる。クラップ!クラップ!のディスコグス上のプロフィールを読んでいて、自分がつまずいた英単語は何を隠そうこの「eclectic」だ。「electric」ではない。今作『タイ・ベッバ』は間違いなく折衷的ダンス・ミュージックだろう。マイ・パンダ・シャル・フライの『トロピカル』と並び、非西洋の領域が産み出したリズムと都市の電子音楽の混入が産み出した2014年の音を彩る一例だ(かたやイタリアから、もう一方はスリランカ出身のロンドナーの手による作品ということにも一応留意)。
もちろん、これまでにも多くのプロデューサーたちがワールド・ミュージック的なリズムや音色を取り入れてきた例は山ほどあり、『タイ・ベッバ』のリリースもとである〈ブラック・エイカー〉周辺のダブステップ、もしくはベース系のミュージシャンはその実験に早い段階から着手してきた。〈プラネットμ〉からリリースされたピンチの初期の名作“カッワーリー”は、トライバル・リズムをダブステップに持ち込むことによってスーフィーの神秘を体現しているという。それが2006年。以降、トライバルとダブステップの親和性は高まり、TMSVやキラワット、ガンツといったプロデューサーたちの黒魔術的なグルーヴへと結実していく。2012年にはマーラがキューバへ赴き現地のミュージシャンたちとセッションの末、『マーラ・イン・キューバ』がジャイルス・ピーターソンの〈ブロンズウッド〉から誕生……と、こうしてシーンを振り返ってみると、2000年代初期にUKで生まれた音楽がいかに初期段階から継続的に想像力を国境の外へ外へと向けていたかがわかる。
というわけで、『タイ・ベッバ』における楽園を音で巡る旅自体は決してベース界隈にとって真新しいものというわけではなく、その旅の仕方こそが2014年にとっては画期的だった。冒頭の“ザ・ホーリー・ケイヴ”で浮かぶ水辺で遊ぶ子供たちのイメージのあと続くキック・リズムはフットワークのそれであり、中盤の“コンカラー”ではハーフステップ、ときにダンスホールなどなど。肝心のベースも単音で突き進むこともあれば、ウォブルだってする。この作品がソロで作られた事実を疑いたくなるほどの展開と越境具合だ。
数え切れないほどのエスニックなサンプルとビートが飛び交う一方で、それらの最終的な受け皿となっているダンス・ミュージックの形式も相応にずば抜けて柔軟なものになっている。というかむしろ、複数の後者を折衷させる手腕に脱帽してしまった。ここに立ち現れる「ワールド・ミュージック」の意味する範囲は文字通り地球そのものだと言えるだろう。これほどまでの広がりが形式主義に陥りがちなベース・シーンで起こったことが何よりも事件だ。ジャケットが持つエスニック・ムードに惑わされてはいけない。これはリズムとジャンルをつなぐトリッキーなアルバムである。
高橋勇人