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ESKMO

AmbientElectronicaGlitch

ESKMO

SOL

Apollo / ビート

デンシノオト   Mar 25,2015 UP

 2010年に、名門〈ニンジャ・チューン〉からアルバム『エスクモ』をリリースしたエスクモことブレンダン・アンジェリード。〈ワープ〉や〈プラネット・ミュー〉などからも配信や12インチ盤でシングルをリリースする彼のサウンド・プロダクションは、アモン・トビンも絶賛したほど。
 本作はそんな彼の5年ぶりの新作アルバムである。まず、リリースが〈R&S〉傘下の〈アポロ〉からという点に注目したい。〈アポロ〉はアンビエントやダウンビート専門レーベルである。よって本作もアンビエント作品と言われている。が、一聴してわかるとおり本作はアンビエントというよりは、アンビエント風味が加味された良質なエレクトロニック・ポップ・ミュージックといった趣である。

 個人的に興味深かった点は、そのポップネスの中に染み入るように鳴っている「陰り」だ。は、ブレンダン・アンジェリードはLA在住とのことだが、彼の音からは、たとえばティーブスのようなLA的の抜けるような明るさが希薄である。どこか曇り空を想起させる音とでもいうべきか。いわばLAというよりはUK的、そんな印象なのだ。幻想的であっても天国的ではない。むしろ灰色のアトモスフィアを感じてしまう。サイケデリックなジェイムス・ブレイク? そんな印象もある。
 とはいっても本作は、難解で実験的な音楽ではない。先に書いたように、心地よいシンセ音とリズム/ビート、ヴォーカル曲なども織り交ぜて構成されたポップ・アルバムである。だがそれゆえ曲調や曲が醸し出す雰囲気としてのブリティッシュっぽさを感じてしまうのだ。このような彼の個性はどうして生まれたのだろうか。
 どうやらブレンダン・アンジェリードは2001年の9.11以降、いわゆる陰謀論にハマり、世界各地を旅するうちに、この地に落ち着いたようだ。ゆえに一種の内面性や漂流性のようなものが染み付いた人物なのかもしれない(このアルバムには彼が世界各地で録音した音なども使われているという)。そう考えると彼の音楽特有の「陰り」の意味もわかってくるような気がする。

 同時に本作は明確なコンセプト・アルバムでもある。曲の配置や流れに物語性を強く感じるはずだ。「太陽、月、地球が主役で、絶対的に不完全な人間の、無駄を完全に省いたシンプルな人生の中でどのようにその役目を果たしているかを描きたかった」と彼は語っている。つまり一種のニューエイジ、生活観としてミニマリズムな思想があるのだろう。
 実際、1曲め“SpVce”は、惑星の誕生を描くSFのオープニングのような壮大なシンセフォニックな曲調である。続く2曲め“コンバッション”は、どこか00年代のエレクトロニカ・シューゲイザーのような曲だ。3曲め“ブルー・アンド・グレイ”も、淡いピアノのバッキングから始まるヴォーカル曲。この曲で、アルバムの「物語」が宇宙から個人の内面にズームアップしたような印象を持った。4曲め“マインド・オブ・ウォー”もヴォーカル曲である。このアルバムの主人公の身の回りにおきるさまざまな事件に対する心の葛藤を描いている曲のように聴こえる(アルバム名どおりに!)。5曲め“タマラ”は、フィールド・レコーディング音に、ピアノのメロディが重なるポスト・クラシカルな曲。ピアノ内部のハンマー音のようなサウンドが微かに聴こえ、どこかニルス・フラームも思い出す。シンセや電子音がレイヤーされており非常に繊細な曲といえよう。この曲を挟みアルバムは後半へ。民族音楽的なドローンから幕を開ける6曲めにして、アルバム・タイトル曲“SOL”は本作の最重要トラックである。事実、アルバム中、もっともエクスペリメンタルで先鋭的な曲だ。だが、いわゆる難しさはない。むしろ心地よさを感じるサウンドでもある。そしてアルバムの「視点」は、この曲で個人からいったん離れ、1曲めのように俯瞰的な視点で曲を鳴らしているように思えた。微かなノイズに交じり、ときおり聴こえてくるピアノのアルペジオが美しい。続く7曲め“ザ・ライト・オブ・ワン・サウザンド・ファーネス”も、エクスペリメンタルなアトモスフィアを漂わす曲。無国籍な雰囲気はいっそう研ぎ澄まされ、リズムとシンセのメロディの交錯が素晴らしい。トラック中盤から曲調はダイナミックに展開し、いわば世界を一気に駆け巡るような感覚を味わえる。8曲め“フィード・ファイヤー”は再びヴォーカル・トラック。淡いシンセのパッドと具体音の折り重なりが見事だ。シンセによるオーケストレーションも効果的である。9曲め“ザ・サン・イズ・ア・ドラム”はアルバムという物語のクライマックスを彩るドラマチックなトラックだ。ヴォーカルも入るが曲の中の1いち要素として溶け込んでり、天空を駆け巡るようなカタルシスと地上へ落下するようなカタルシスを満喫できる。そして10曲めにしてラスト曲“キャント・テイスト”は、静謐なピアノ主体のヴォーカル曲だ。ときに激しく展開しながらも、しかしアルバム=物語のエンディングに相応しい穏やかな雰囲気で(唐突に?)幕を閉じる。

 このように本作はヴォーカルからインスト、ビート・トラックからアンビエントまで、じつに多彩な曲調を織り交ぜながら展開していくアルバムに仕上がっている。たしかに惑星と人間、さらには(曲名から想像するに)エネルギー問題という壮大なコンセプトがあるのだろうが、アルバムを聴いた印象でいえば、まるで私たちが暮らす一日のサウンド・トラックのようでもあった(まったくタイプのちがう音楽だが、デリック・ホッジ『リブ・トゥディ』に似ているようにも思えた)。宇宙規模の俯瞰の視点から個人の生活や内面に寄り添ったパーソナルな音楽まで一気にズームアップする感覚がある。映画でいえばテレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』のように。とはいえ、先に書いたように難解なアルバムではない。不穏さを湛えながらも、とてもポップなアルバムに仕上がっている点は、やはり重要だ。
 その意味で、本作には、まるで毎日のサウンド・トラックとして繰り返し聴ける耐久性がある。ブレンダン・アンジェリードは「全体を通して前作に比べ物語的」と語っているが、本作のサウンド・トラック性を表した言葉といえよう。

 流して聴いてもいい。その緻密なサウンド・メイクに聴き込んでもいい。シンフォニックでシンセ・サウンドには、昨今の人気のシンセ・ウェイヴ的な音との連続性もあるが、サウンドで聴かせるというよりは、きちんと「作曲」された端正な音楽なのである。事実、オーケストラ用に作曲したトラックも本作には入っているという。そんなシンセ・サウンドに加え、見事なビート・プログラミング、ヴォーカル・エディットまでエレクトロニックな技法の限りが尽くされ、どんなシュチュエーションでも、何度聴いても飽きることのないアルバムに仕上がっている。そう、本作『SOL』もまた前作『エスクモ』のように、何年も多くのリスナーに聴き継がれる作品となるのではないか、と思える。

デンシノオト