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John Grant

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Grey Tickles, Black Pressure

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木津 毅   Dec 14,2015 UP

 「もし結婚できるようになったら……」
 数ヶ月前、僕はあるゲイの友人と飲んでいるときにふと尋ねたことがある。
 「結婚する?」
 友人はうーんと少し考えて、「それは相手によるな」と答えた。「そりゃそうだ、そう簡単にいかんよな」と僕はわははと笑って、そしてジョン・グラントの前作『ペイル・グリーン・ゴースツ』のジャケットでこちらをにらみつける彼の姿を思い出していた。もし結婚できるようになったら……、そんな仮定をするようになるとは、ほんの数年前はこれっぽっちも僕は思っていなかった。時代は前に進んでいる、たしかに。だが、グラントはそのアルバムで別れた恋人への憎しみと孤独、「そう簡単にはいかない」側の中年ゲイの悲哀を赤裸々に歌っていた。だから彼の歌はいまの時代にこそ必要だったのだろうし、彼がこちらをにらんでいた理由もよくわかる。

 ところが、新作のジャケットにおいてジョン・グラントの鋭かった目は……光っている。タイトルがアイスランド語とトルコ語で『中年の危機と悪夢』となっているのはいかにも彼らしいし、オープニングのタイトル・トラックは哀切に満ちた得意のピアノ・バラッドだ。そこで歌われる「自分が70年代のニューヨークを恋しがるようになるとは思っていなかった」とはつまりエイズ禍以前のことで、相変わらずHIVポジティヴである自分の混乱とどのように付き合っていけばよいかの苦悩が綴られる。「俺はよく食料品店で何も見ずに突っ立っているんだ/何を買ったらいいかわからないから」……カラフルであることが称揚されるこの時代においてグラントは、ひとりスーパーでボーっと立っているゲイ中年としての己の姿を自虐的に描写する。

 しかし、アルバムはそこから音において旋回しはじめる。“スナッグ・スラックス”の脱力したシンセ・ポップ、“ゲス・ハウ・アイ・ノウ”と“ユー・アンド・ヒム”のふざけたハード・ロック。前作にもあった80年代ニューウェーヴ色はさらに強くなり、ニュー・オーダーやデペッシュ・モードからの影響がいかに強いか、というか彼がそれらで育った世代であることがよくわかる。またバラッドにおけるストリングスや管楽器のアレンジも含めてアダルトであることが強調されているのだが、ずいぶんユーモラスで軽やかになっている。やや曲数が多く全体のまとまりとしては前作のほうが上だと正直思いはするがしかし、表現のあり方において何か吹っ切れたことがよく伝わってくる。曲自体においてはこだわってきたゲイネスから緩やかに解放されているし、何より彼自身が生き生きしている……目が光るわけである。

 シングルの“ディサポインティング”はトレイシー・ソーンとキャッチーなドゥワップ・コーラスを引き連れたポップ・ナンバーだ。ゲイ・サウナを舞台にして裸のヒゲオヤジが大量に出てくるビデオ(https://youtu.be/U2Ig4sMURdc)はカジュアルなゲイ・カルチャーがオシャレなものとして扱われる現在において、あまりにもホモセクシュアルすぎて意地悪だなーと思わず笑ったが、しかし直球のラヴ・ソングだ……彼にしては。ラフマニノフやドストエフスキー、フランシス・ベーコンを愛するスノッブな中年男が、それでもそれらは「君の笑顔に比べたらがっかりなんだ」と歌いあげる。間違いなく本作におけるハイライトである。

 もちろんジョン・グラントはいまも、オシャレでもなく明るくもなく輝かしい希望に満ちてもいない側のゲイの……いや、ゲイに限らない、中年男のひとりとして相変わらずここにいる。だがユーモアを手放すことはないし、それでも新しい愛に出会ってしまうことを、自らの姿をさらけ出しつつここでドキュメントしているのである。

木津 毅