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2013年の『AOR』は、タイトルそのものズバリのAORアルバムだったエヂ・モッタ。スティーリー・ダンやボビー・コールドウェルなどから、日本の山下達郎や吉田美奈子までこよなく愛するエヂらしさが表れたアルバムで、近年はライト・メロウ~シティ・ポップスといったサウンドが好評を博す日本ではとくに評判が高かった。デヴィッド・T・ウォーカーとの共演も話題を呼んだ。1980年代後半にブラジルからデビューして以来、長いキャリアを誇るシンガー・ソングライターで、初期のファンクやブギー・ソウル(彼の叔父はあのブラジリアン・ファンクマスターのチン・マイア)から、1990年代後半はジャズ、ソウル、ファンク、レゲエから、R&B、ヒップホップ、ハウス、ディスコといったクラブ・サウンドを融合した作品をリリースし、世界的に活躍するようになった。一方、彼はかなりのレコード・コレクターでもあり、さまざまな分野の音楽を愛好する中で、とくにジャズのコレクションも充実している。そうした嗜好が表れた2002年の『ドゥイツァ(Dwitza)』は、ジャズやフュージョンに傾倒したアルバムだった。エヂはヴォーカルのほかに鍵盤奏者としても優れた才能を持ち、ここでのフェンダー・ローズやシンセを組み合わせたコズミックなプレイは素晴らしかった。そして、サンバをはじめとしたブラジル音楽とジャズ/フュージョンが結び付いたスタイルは、往年のアジムスやアイアートなどに通じていたと言えよう。
『AOR』と『ドゥイツァ』はそれぞれ方向性が異なるもので、リスナーにとっても好みが分かれるところだろう。ただ、どちらもエヂが好きなタイプの音楽であり、そうした2つの世界を1枚のCDの収めたのが新作『パーペチュアル・ゲートウェイズ』だ。ここではわかりやすく、アルバムのA面にあたるのが「ソウル・ゲート」、B面が「ジャズ・ゲート」と色分けされている。とは言っても、「ソウル・ゲート」は『AOR』の二番煎じ的な印象が拭えず、それよりも「ジャズ・ゲート」の出来がいいという印象が個人的には強い。ひさびさにエヂが本格的なジャズに挑戦したアルバムではないだろうか。「ソウル・ゲート」の最後を飾る“ヘリテージ・デジャ・ヴ”にしても、いわゆるフュージョン・ソウル的な作品で、ジャズ・サイドへのうまい橋渡しとなっている。プロデュースを行うのはグレゴリー・ポーターの師匠格にあたり、アルバム『リキッド・スピリット』のプロデュースも手掛けていたカマウ・ケニヤッタ。そして、彼のつてでパトリース・ラッシェン、ヒューバート・ロウズ、グレッグ・フィリンゲインズ、チャールズ・オーウェンスといった往年の名手から、伝説的プレイヤーのセシル・マクビーの息子まで、という非常に豪華なラインナップだ。
シリアスな佇まいの“ジ・オウナー”は、1960年代のモード・ジャズ~新主流派といった流れを彷彿とさせる作品。ウェイン・ショーターのブルーノートでの『スピーク・ノー・イーヴル』、『ジュジュ』あたりの演奏が思い浮かぶ。それに続く“ア・タウン・イン・フレームズ”は激しいリズム・セクションを持つアフロ・ジャズで、こちらはマッコイ・タイナー的だ。若いジャズ・ファンには、カマシ・ワシントンの『ザ・エピック』に繋がるようなスピリチュアルな世界、というとわかり易いかもしれない。オーウェンスによるコルトレーン調のテナー・サックスがフィーチャーされたモーダルな“オーヴァーブラウン・オーヴァーウェイト”も含め、これらは本作のディープ・サイドを象徴する楽曲群だろう。バップ調の“アイ・リメンバー・ジュリー”でのエヂのヴォーカルは、ヴォーカリーズの始祖であるエディ・ジェファーソンを彷彿とさせるもので、彼がいかにジャズ・ヴォーカルを研究しているかが伺える。また、『AOR』がいろいろな録音データをまとめて作ったのに対し、『パーペチュアル・ゲートウェイズ』はロサンゼルスのスタジオで一発録音という、昔ながらのジャズ・レコーディングのスタイルに則った。「ジャズ・ゲート」における緊密な空気は、やはりこうしたレコーディング・スタイルでないと生まれてこないものだろう。
小川充