Home > Reviews > Album Reviews > Gold Panda- Good Luck And Do Your Best
これからますます、自分がどこに属する人間なのかを精査され枠に押し込められる時代がやってくるのだろうか。地理的に、信条的に、経済的に、政治的に……いま世界中で起こっていることを見ていると、そんな漠とした不安を覚えずにはいられない。これだけ荒れた状況だとそうした帰属意識が戦略的に必要な局面ももちろんあるだろうが、その交通が途絶えていくのは窮屈だし、息苦しくあるのもたしかだ。何者でもない瞬間が許されることも願ってしまう。
ゴールド・パンダが特定のジャンルのリスナーをまたいで愛でられたのは、あらゆる枠組みからごく自然に解放されていた、音そのものの旅人めいた佇まいゆえだろう。ポスト・ダブステップともLAビートとも、もちろんエレクトロニカとも言われたが、結局そのどれでも説明できなかった彼の音楽は、だから、クラブでもベッドルームでもなく、ある特定の国でも地域でもない、ただ「あなた」がいる場所の生活と風景を切り抜いて感情の色をつけていく。それこそが“ユー”における目の前のひとへの眼差しだったし、“アイム・ウィズ・ユー・バット・アイム・ロンリー”における内省的な個人だったし、あるいは世界中を巡る異邦人としての『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』における半分はどこにも帰属していないという感覚だった。海外の音楽を聴く日本のリスナーに受けたのもよくわかる。この国にいながら、半分はこの国に必ずしも属していない(属することのできない)ような人間の気持ちを軽くするような想像力、風通しのよさがゴールド・パンダの音にはある。
たとえば“千葉の夜”と題されたハウシーなトラックがそれでもクラブ・ミュージックだと断定しきれないように、『グッド・ラック・アンド・ドゥ・ユア・ベスト』もまた、ある特定の場所ではなくて、「あなた」がいるそこで鳴っている音楽だ。踊れるが、踊らなくてもいい。それは小さなクラブのDIYのパーティかもしれない。ひとりで過ごす夏の夜かもしれない。車の窓から眺める千葉の街並みなのかもしれない……。とてもメロディアスで、とても柔らかなエモーションが奏でられている彼の音楽からは、そのアコースティックな響きや丁寧に手をかけられたことが分かる編集も相まって、ゴールド・パンダそのひとの内側から来たものだということがよく伝わってくる。弾かれる弦の震えが見えるようなアコースティックの小品が“アイ・アム・リアル・パンク”と名づけられた理由を彼はインタヴューで語っていたけれども、そこにあるのは「パンクとは何か」という定義づけではなくて、友人とのごくパーソナルなエピソードであったことがパンダらしいな、と思う。あなたやわたしが何者か、ではなく、あなたとわたしの間でいま起こっていること、それを大切に扱えるひとの音楽だと感じる。
使用される楽器も増え音色はさらに多彩になっているし、ブレイクビーツ、ドラムンベース、ハウスなどなどが控えめに断片的に聞こえてくるように、リズムもビートも見事にバラバラだ。エイフェックス・ツインのような無邪気さやフォー・テットのような叙情性も相変わらず覗かせつつ、だからと言って直系のフォロワーという感じもなく、本人の気の向くままに形にした結果がこれだった、というように気負いがない。“メタル・バード”がタイトルとは裏腹に金属的な響きを持たないように、ちょっとした反語的なモチーフをいくつか使いながら、あくまでも穏やかに聴き手の目の前にある風景に染みこんでくるようなまろやかさに覆われている。そして、“ソング・フォー・ア・デッド・フレンド”とのタイトルに対して思わず言葉を失っても、そのメロウともジェントルとも言い難い不思議なドラムンベースあるいはエレクトロニカあるいはシンセ・ポップを聴けば、これがやり場を失った、いまも行き場所探している感情のための音楽だとわかる。
アルバムのタイトルにははじめ少し笑ったけれど、「あなたの」ベストを尽くしてというのはとても真摯なメッセージだと聴き終えたあとに思う。それはいつだってわたし自身のものだし、誰かから押しつけられるものではない。だからゴールド・パンダの音楽には大それた理想やスローガンではなくて、個人の日常生活の風景やちょっとした感情が響き合っているのだろう。ジャジーなクロージング“ユア・グッド・タイムス・アー・ジャスト・ビギニング”を聴くとずいぶん洗練された味わいになったなと思うけれども、彼にとってはタイトルにあるようにほんの始まりにすぎないし、きっと先のことはつねに未決定にしておきたいのだ。「あなた」のよき時間の。
追記:そして、本稿を書いている途中にブレクジットにインスパイアされたEPをリリースするとのニュースが入ってきた。世界のあちこちを自在に行き来する、いや、音そのものに軽やかな無国籍性を滲ませるゴールド・パンダにとって、非常にシリアスな問題だということがよくわかる。
木津毅