ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Ryuichi Sakamoto | Opus -
  2. interview with Lias Saoudi(Fat White Family) ロックンロールにもはや文化的な生命力はない。中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だ。 | リアス・サウディ(ファット・ホワイト・ファミリー)、インタヴュー
  3. Li Yilei - NONAGE / 垂髫 | リー・イーレイ
  4. Columns 4月のジャズ Jazz in April 2024
  5. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  6. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  9. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  12. interview with Shabaka シャバカ・ハッチングス、フルートと尺八に活路を開く
  13. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  14. interview with Fat White Family 彼らはインディ・ロックの救世主か?  | ファット・ホワイト・ファミリー、インタヴュー
  15. Fat White Family ——UKインディ・ロックの良き精神の継承者、ファット・ホワイト・ファミリーが新作をリリース
  16. 『成功したオタク』 -
  17. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  18. Columns 3月のジャズ Jazz in March 2024
  19. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  20. Columns 坂本龍一追悼譜 海に立つ牙

Home >  Reviews >  Album Reviews > Binh- Ship Of Imagination

Binh

ElectroTechno

Binh

Ship Of Imagination

My Own Jupiter

Technique

小林拓音   Jan 25,2017 UP

 布団はいい。布団にくるまってさえいれば日々の不愉快なことや面倒くさい人間関係を何もかも忘れ去って、延々と「幸福」にひたっていることができる。とりわけ寒さの厳しいこの季節はそうで、せっかくの休日に外出するなどもってのほか。オフトゥン、最高。オフトゥン、大好き。
 ミニマル・テクノ/ハウスにも布団に似た効能がある。学生の頃、何もかもが嫌になってひたすらミニマルばかり流していた時期があった。ドラマティックな展開なんか要らない。ただきれいな、あるいはフェティッシュな音塊のループがありさえすればそれでいい。大仰な意味や背景なんて必要ない。ただその音のテクスチュアに埋没できればそれでいい。ミニマルというのは快楽として消費するにはうってつけのスタイルで、それはフロアでもベッドルームでも現実からの逃避を加速させる。ヴェイパーウェイヴがそうであったように、ミニマルもまたあてもなく逃避行を続ける負け犬たちの一時的な宿泊先としての役割を果たしていたのではないだろうか。
 だが逃亡先としてのミニマルは、それがフェティッシュな音塊の反復にこそ特化した音楽であるがゆえに、いつかは頭打ちになる。人は変わらぬことを求めると同時に、変わることを欲する生き物でもあるからだ。毎日毎日ミニマルばかり流していると、俺はいったい何をしているんだろうと疑念が生じはじめる。その疑念は次第に膨張し、オフトゥンの外にある世界のことを思い出させる。このままでいいのだろうか。いつまでも逃げてばかりでいいのだろうか、と。

 揺り戻しはエレクトロという形をとってあらわれた。2015年の末にリリースされた Binh と Onur Özer からなるユニット Treatment のアルバム『LP』は、近年テクノの地下水脈でミニマルからエレクトロへの転回が起こっていることを告げ知らせるひとつの兆しだったと言えるだろう。
 ベルリンを拠点に活動している Binh こと Germann Nguyen は、これまでに東京の〈CABARET Recordings〉やそれこそミニマルの総本山とも言える〈Perlon〉から12インチをリリースしており、少し前までなら「ヴィラロボスが切り拓いた地平を堅実に歩み進んでいくアーティストのひとり」というふうに整理しておけば済む程度の存在だったかもしれない。しかし彼は件の Treatment のアルバムを経て、自身の主宰する〈Time Passages〉から「Dreifach」を、そして〈Perlon〉からは「Noah's Day」を発表し、従来のミニマル路線を引き継ぎながらそこに90年代のテイストを落とし込むという試みをおこなってきた。そのようなチャレンジを経て届けられたこの「Ship Of Imagination」は、そんな彼の歩みのひとつの到達点を記録した作品と呼ぶべき内容に仕上がっている。
 まず1曲目の“Booari”に漂うデトロイトの匂いに圧倒される。懐かしさを感じさせつつも、単なる模倣にとどまらないこの音の質感は一体どう表現すればいいのだろう。90年代後半のトゥ・ローン・スウォーズメンからの影響がうかがえる“Diggin In My Brain”も、大胆にミニマルと90年代的なアシッド・サウンドを融合させた“Milky Way”も、マシン・ミュージックの本懐ここにありといった様相で、矜持に満ちあふれている。下方を蠢くベース・ラインもたまらない。デトロイトやウェザオールといった過去のテクノ~エレクトロの遺産を、絶妙なさじ加減でミニマルのリスナーへ届けようとする本作は、当時を知るリスナーにも当時を知らぬ若いリスナーにも新鮮な驚きと発見を与えることだろう。
 テクニークの佐藤さんによれば、ヴァイナルのみでリリースされた本作はまたたく間に売り切れ、すぐに再プレスの運びとなったそうだけれど、このエレクトロ~90年代リヴァイヴァルの波はまだ海の向こうの現象にとどまっているらしい。おそらく日本では依然としてミニマルの人気が高いのだろう。でもその「幸福」はいつまでも続くものではない。いま確実に時代は移り変わろうとしている。そろそろあなたもオフトゥンから抜け出して、外の世界に耳を澄ましてみては?

小林拓音