Home > Reviews > Album Reviews > スカート- 静かな夜がいい
思春期を失敗したひとにありがちな、これは僕だ、という誤解がある。青春パンクに悪態をついた15歳のころ、「冷凍都市」とは何かを知りたくて上京した19歳のころ、中古のアナログ・ターンテーブルを捨てたあとでも MUJI の据付ラックに飾り続けた『スピッツ』、ブルー・クリア・ビニール仕様の12インチ、よしもとよしとものオマケ漫画つき。そういえば漫画『青い車』は生活に困った学生時分に泣く泣く売ろうとしたらなぜか売れなかったから、まだ本棚に残っている。だから20歳を越えれば〈Plus 8〉や〈Minus〉レーベルのカタログを漁るものだと思い込んでいた。結果、Beatport にばかり課金した。東京での学生生活は沙村広明の『おひっこし』のような世界のはずだと夢見ていたが(それもそれでディストピア・コメディだけど)、異界の果て、コンクリート・ジャングルの見えない東京砂漠を体感した以外、だいたい予想ははずれた。三億円事件が起きた現場のすぐ近くでした。
おそらく後半はズレている。けど、東京のすみっこかその周辺、小田急線、京王線、そして西武線の風景に転がり込んだオールド・スクールの音楽マニア志望などこんなもんだろう。とタカをくくったうえで、スカートこと澤部渡は僕だと誤解した。4、5年前の渋谷、たぶん O-Crest あたりのミツメ目当てで見に行ったライヴ以来、そう思っていた。一聴してわかる雑多かつ重厚な音楽的背景と素養、ある意味で向井秀徳的なルックス、何より圧倒的な曲の素晴らしさ。何度も何度でも聞くに耐えうる曲自体とアルバム全体の構成、のひねくれたあの感じ。列挙すればするほど自分がかつて持ったことないものばかりだけれども、それでも同い歳の僕は澤部渡だと信じてやまなかったのだ。ポップ・スターはそういうものだということにしておいてほしい。
先日、広島にある STEREO RECORDS に12インチを売りに行こうとした。手持ちのそれらの相場をいやしくも調べていたら、スカートが『CALL』のアナログを出すことを知った。
〈カクバリズム〉の一員となって以降の澤部渡が、さらなる名曲を量産しているのは周知のとおりで、2016年にCDで発売された後、先述のとおりアナログで再発される予定の『CALL』はこれまでの総決算であると同時に、新たなデビュー・アルバムのような作品だった。収められた曲たちの多彩さ、ポップネスはそのままに、あきらかに豊穣になったサウンド・プロダクションを武器に、一粒一粒の音の輪郭がより聴き手に馴染みやすいものとなっていた。メディアのベスト・アルバム・ダービーには意外にもあまり顔を出していなかったけど、それはこのアルバムのポップネスのひとつの機能だと考えている。つまり、いかなる流行、潮流、世界的な趨勢とも切り離されながら、それでも必然しか感じないポップ・ソング。8分のルートを走るベースラインが印象的な表題曲の“CALL”は、これまでの複雑性から解放されたかのようなストレートなうたで、そこには衒いなど突き抜けた強度があった。
それから約半年の短いスパンで上梓された初の全国流通シングル「静かな夜がいい」の表題曲は、ディスコグラフィー上では“都市の呪文”(『サイダーの庭』)から“回想”(『CALL』)につらなるような、ギターのカッティングで運ぶアーバン・ファンク・マナーの1曲だった。イントロのリフ、そしてブレイク後の跳ねるベース・ソロなど、一聴して誰しもが思い浮かべるのはシュガーベイブの“DOWN TOWN”に違いない。しかしその元ネタの下敷きとされた The Isley Brothers から滲むような「黒さ」は、“静かな夜がいい”からは感じない。むしろ Bruce Roberts の“Cool Fool”あたりを引き合いに出したくなるような、「白い」ファンクネスやAORの趣をもっている。この点は D'Angelo からの影響をもとに、『Obscure Ride』から「街の報せ」にいたる、cero の提示する曲群との分岐点ともなるのだろう。
澤部のフェイバリットのひとつだろうムーンライダーズの『DON'T TRUST OVER THIRTY』は1986年の作品で、その1年後に生まれた僕たちは今年30歳になる。15歳のときに遠くに聞こえた青春パンクのバンドも、同じ名前の違う曲を歌っていた。
そういえば前田司郎による映画『ジ、エクストリーム、スキヤキ』(2013年)は、30歳を超えた大学の同級生たち(とひとりのカノジョ)が、ただ最高のスキヤキを食べるために繰り広げるロード・ムービーだった。こう書くと未見のひとはいったい何の映画だと思うに違いないが、岡田徹が劇中音楽を手がけていて、いくつかムーンライダーズの曲がかかる。それらがこの映画の中の風景に完全に溶け込んで、思い当たる節のある(と誤解する)僕たちは幾度となく涙腺が緩んでしまう。エンディングに“Cool Dynamo, Right on”のギター・イントロがかかるところなんかもう嗚咽が止まらない、なんて、何かしらの病である。
その曲には、こんな歌詞がある。
Coolなはずの 今日のパーティ
道に迷った みたいだな
君のスカートの
中に地図は 宿るかい
“静かな夜がいい”は30歳を目前にした澤部渡が、ポップ音楽家としてさらなる成長を遂げていく最中に残した1曲となった。この表題曲を含めた4つの曲を地図に、さらなる旅程をかさねていくスカートを同じ時代に遠くから見続けられることが素直に嬉しいし、3月25日に最終回を迎える『山田孝之のカンヌ映画祭』に提供した“ランプトン”(名曲!)では、早速の新機軸を打ち出したようにも思える。しかしまずは「静かな夜がいい」こそが、僕にとって『ジ、エクストリーム、スキヤキ』と同様、不意に見返す、聞き返す作品となってしまうだろう。それはもう、すでに重ねすぎている過去を思い出すための大切な道標として。
君に預けた 僕のハッピー
冷凍にして 持ってておくれ
そうすれば いつでも
あの頃が 戻るだろう
(ムーンライダーズ“Cool Dynamo, Right on”)
仙波希望