ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. rural 2025 ──テクノ、ハウス、実験音楽を横断する野外フェスが今年も開催
  2. Columns ♯13:声に羽が生えたなら——ジュリー・クルーズとコクトー・ツインズ、ドリーム・ポップの故郷
  3. Jane Remover - Revengeseekerz | ジェーン・リムーヴァー
  4. Hüma Utku - Dracones | フーマ・ウツク
  5. Saho Terao ──寺尾紗穂のニュー・アルバムは『わたしの好きな労働歌』
  6. Mark Stewart ——マーク・スチュワートの遺作がリリースされる
  7. interview with aya 口のなかのミミズの意味 | 新作を発表したアヤに話を訊く
  8. Joseph Hammer (LAFMS)JAPAN TOUR 2025 ——フリー・ミュージックのレジェンド来日、中原昌也誕生会にも出演
  9. interview with Mark Pritchard トム・ヨークとの共作を完成させたマーク・プリチャードに話を聞く
  10. MAJOR FORCE ——日本のクラブ・カルチャーの先駆的レーベルの回顧展
  11. 別冊ele-king 渡辺信一郎のめくるめく世界
  12. Mark Turner - We Raise Them To Lift Their Heads | マーク・ターナー
  13. Jane Remover ──ハイパーポップの外側を目指して邁進する彼女の最新作『Revengeseekerz』をチェックしよう | ジェーン・リムーヴァー
  14. interview with Louis Cole お待たせ、今度のルイス・コールはファンクなオーケストラ作品
  15. 青葉市子 - Luminescent Creatures
  16. interview with IR::Indigenous Resistance 「ダブ」とは、タフなこの世界の美しきB面 | ウガンダのインディジェナス・レジスタンス(IR)、本邦初インタヴュー
  17. Bon Iver - SABLE, fABLE | ボン・イヴェール、ジャスティン・ヴァーノン
  18. Adrian Sherwood ──エイドリアン・シャーウッドがソロ名義では13年ぶりとなる新作を発表
  19. Bruce Springsteen ——ブルース・スプリングスティーンの未発表アルバムがボックスセットとしてリリース
  20. Sherelle - With A Vengeance | シュレル

Home >  Reviews >  Album Reviews > Sharon Van Etten- Remind Me Tomorrow

Sharon Van Etten

Indie RockPop

Sharon Van Etten

Remind Me Tomorrow

Jagjaguwar / ホステス

Tower HMV Amazon iTunes

木津毅   Mar 12,2019 UP

 たしか小さな場所が似合うひとだったはずだ。もう8年以上前だが、小さな部屋でアコースティック・ギターを演奏しながら歌っていた彼女の姿をよく覚えている。それから彼女は地道に良いソングライティングの作品を発表し、ザ・ナショナルボン・イヴェールらのフックアップを受けつつ、少しずつ知名度を上げていく。2014年の前作『アー・ウィ・ゼア』もまた、派手さはなくとも滋味深い良いアルバムだったが、その後彼女は大学に通ったり俳優に挑戦したり、それから母親にもなっていたという。久しぶりの新作にして5枚め、『リマインド・ミー・トゥモロー』はひとりのシンガーソングライターとして、もしくはひとりの女性としてのシャロンの転機に当たる作品となった。彼女の魅力である物憂げな声とメロディは変わらない、が、彼女はもはや小さな部屋にいることはない。
 それは単純にビッグになったという話ではなくて、年を重ねることや環境の変化で多面性を獲得したということなのだろう。本作は何よりもまずアレンジの変化で古くからのリスナーを驚かせる。プロデューサーにやり手のジョン・コングルトンを迎え、サポート・ミュージシャンの顔ぶれも一新。これまで軸にしていたインディ・ロックやインディ・フォークという枠組みに限定しない、レンジの広いポップ・アルバムとなった。音色としてはシンセが目立つようになっていて、そのせいかニューウェイヴ調のナンバーが耳につく。先行して発表された“Comeback Kid”は確実にそうだし、ダークでアトモスフェリックな音響で聞かせる“Memorial Day”などはまったくの新機軸だと言っていい。シンセの機材名がタイトルになった“Jupiter 4”ではアナログ・シンセの柔らかく抽象的な響きが彼女のアンニュイな声やメロディに絡みつく。これらの楽曲はこれまでのようにピアノやギターを主体としたシンガーソングライター然としたアレンジでも可能だったはずだから、明らかに意図的にサウンド・テクスチャーの変化を彼女が求めたことの表れだろう。昨年のミツキのアルバムが現行のポップ・サウンドを意識したものとなり、評価されたことと通じているかもしれない。ただシャロンの場合、それはシーンのトレンドを追うことが最たる動機だったのではなく、彼女自身の変化が求めたことのように見受けられる。
 アルバムではそこここにデヴィッド・ボウイの匂いが感じられるのだけど、それがピークに達するのがドラマティックな“Seventeen”だ。素っ気ない8ビートの上でシンセ・サウンドがじょじょにビルドアップし、彼女は10代の自分を思い出す――「わたしは自由だった、わたしは17歳だった」。ボウイを感じているせいなのか、どこかグレタ・ガーウィグの映画のムードを思い出す(『フランシス・ハ』、『レディ・バード』)。何者でもない少女が何者かになろうとして、目的地を持たないまま歩いたり走ったりすること。彼女はやがて、オクターヴを上げて絶唱する――「あなたが何になろうとしてるか知ってる」。かつての自分に向けて。間違いなく、アルバムでももっとも美しい瞬間のひとつだ。

 ジョン・コングルトンはセイント・ヴィンセントのやはり転機に立ち会ったプロデューサーとして知られているけれど、そのセイント・ヴィンセントもまたボウイの強い影響下にいるアーティストだ。いま、少なくない女性ミュージシャンがボウイからの影響を形にしているのは何か示唆的なことのように思う。エキセントリックであることを恐れないこと、自らに固定されつつあるイメージを自分から華麗に打ち破ってみせること。複雑なアイデンティティを持つ多様な女性の表現が注目されている昨今だけれど、『リマインド・ミー・トゥモロー』はひとりの人間のなかにこそ複雑な多層性があることを音の感触とエモーションの幅広さで証明する。
 底を這う低音とノイズが感情の爆発を導く“Hands”はその狂おしさ自体のパワーに圧倒されるナンバーだし、彼女が新たに得た家族について歌ったラストの“Stay”は穏やかさと幾らかの不安の間の感情が解決を見せないまま終わる。自らで自らをラベリングしなくても、ジャケットの散らかった部屋のように混沌とした感情表現がここにはあって、それが彼女の音楽にポジティヴな力を与えている。年を取るということは割り切れない感傷やしがらみを増やしていくことなのかもしれないけれど、そうやってわたしたちは新たな場所へ向かっていくのだと。

木津毅