Home > Reviews > Album Reviews > Fools- Fool's Harp Vol. 1
リスナーを親しみやすく快適な世界に連れて行き、開放性と好奇心の深い感覚を維持しながら、発見されていない何かを探求する──レーベルからこんな風にセルフ・プロモーションされたらもう書くこともないのだが、2020年の奇妙な時期に、これほどポジティヴで好奇心を誘う作品がリリースされて耳に届いたことは幸運だった。
部屋で音楽を楽しむしかないとき、アムステルダムの〈Music From Memory〉のカタログは、アンビエント、ニュー・エイジ、圧倒的熱量でしかなし得ない発掘音源、また、それに呼応するような新譜でもって、好奇心と共にぼくたちを甘美なサイケデリアに導いてくれた。グリズリー・ベアのドラマーであるクリストファー・ベアのソロ・プロジェクト『Fool's Harp Vol. 1』は、極まったホームリスニングと孤独のなかによく浸透してくれる、〈Music From Memory〉の新たなマスターピースに他ならない。
2012年『Shields』のリリース後、メンバー感の距離をおいたというグリズリー・ベアが、2016年に再集合して、2017年にリリースした『Painted Ruins』は、インディ・ロックと呼ばれているなかでもっともリズムのエッジが効いた作品のひとつだった。絶対トニー・アレン好きでしょ、では済まされないアフロのロックへの取り込み方が絶妙で、例えば“Four Cypresses”は、アフロビート的リズムをエンジンにして、そこに集まってくるようなシンセとギターが相俟ってビルドアップしていくというアフロ的陶酔から、ロック的展開も忘れずにいきなり超ロックなフィルのあとちゃんとサビになだれ込んでいくあたり、プレイはもちろん曲の根幹にもアフロの要素がさりげなく入り込んでいて独特の質感を得ている。“Aquarian”のやたら長いアウトロもそれだけでアフロぽいが、8ビートでも気持ちよさそうなギターリフに対してアフロビート的ドラムが続くのも痛快。そもそも、このドラマーは、8ビートを叩かせてもリズムを把握する空間がめちゃくちゃ大きくて、気持ちいいしどこか変わっている。例えば、“Mourning Sound”では、それがよくわかる。再集合でのお互いのアイデアからはじまったものが、次なるアイデアで融解し、バンドサウンドを勝ち得ているかのようなロマンを感じて、そのリズムアイデアの発信にドラマーが関与していないわけもなく、また純粋にドラミングの魅力にも溢れていたので、そのとき強くクリストファー・ベアの名前を刻んだのだが、Foolsとしてさらに正体を暴いてくれた。
2019年の夏に6週間の期間を設けて、各楽器を自分で録音して、そこに即興で音を重ねながら作った今作品は、アルバムというよりミックステープに近いという。「一連の楽器の探求を行い、直感に従い、何が形になるかを見ながら、一時的に別の世界に移動して音楽に関連性を感じさせる瞑想的で自己反映的な性質を発見していった」というようなことを自身のインスタグラムで見受けたが、素直に受け取ってよいほどに、孤独な作業に対してムードは重くなく、遠くで鳴っている音を、丁寧にたぐり寄せているかのようなサウンドスケープは、「発見されていない何か」に思えてくる。楽器探求のあり方としてこれほど刺激的なところもそうだし、アンビエント的でありながらリズムのもつ少し強引な力が生き生きと働いていて、リスナーを強要せずにスピーカーの前から離さないというところもあまり他の作品で出会わない魅力かもしれない。
#1“Rintocco”のアンビエントらしい心地よい音の切れ間から、#2“Source”でコンガが登場してウーリッツァーと揺蕩うあたり、曲間までも機能しながら、たしかにリスナーを開放的な空間へ運んでくれるし、曲の後半で絶妙なところでドラムが登場する感覚は、たしかにミックステープのようでもある。あまり、ネタバレしても仕方ないのだが、その後も作品通してアンビエント的でありながら、ちょうどよいところでリズムがでてくる感じがニクい。#9“Thanks”は、アンビエントとクラブミュージックの親和性をどことなく感じられて、同じく〈Music From Memory〉からリリースされているJonny NashやKuniyukiさんと少し重なる部分もあった。7拍子が気持ちよい#11“Nnuunn”は、少しノンスタンダードぽさもあって親しみやすい。孤独のなかで作られたこの作品は孤独のなかにあって、親しみやすく、よく響く。
タイトルにVol.1とあるだけに、Vol.2にも期待です。レコードの豊穣な音質を、贅沢に小さい音で聴きながら待ちましょう。
増村和彦