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みぃなとルーチ

J-Pop

みぃなとルーチ

Long time no sea

felicity / Pヴァイン

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小林拓音   Sep 08,2020 UP

 みぃなとルーチの初めてのアルバム『Long time no sea』は、ギター~バンドサウンドを軸としたフォーキーな雰囲気に仕上げられている。“Wild is the wind” や “Tonight is the night” のささやかな祝祭感は聴き手を朗らかな気分にさせるかもしれないが、プロデューサーのクロネコは今回、みぃなの魅力を最大限引き出すべく、ムームやヨ・ラ・テンゴを参照したという。ソロ名義ということでみぃな本人が作曲しているからだろう、聴きやすさはそのままに、曲の構成やメロディの進行などはバンド時代よりも自由度が高まっている。

 みぃなは2011年にさよならポニーテールのメイン・ヴォーカリストとしてデビューしている。同バンドはネット~SNSでの活動に軸足を置くポップ・グループで、ギターポップからディスコまでさまざまなスタイルにチャレンジ。耳なじみのあるメロディと学園生活のノスタルジーに満ちた歌詞で人気を博してきた。甘酸っぱかったりさわやかだったり、一聴する限りでは無難な音楽に聞こえてしまうかもしれないが、注意深く聴くといろんな要素が意図的に仕込まれていることがわかる。
 この深読みにも対応した音楽、キャラクターの設定やネットを前提とした活動のあり方などは、かつて「ポストYouTube」を掲げ、「メタ」や「フラット」といったタームの飛び交う時代に擡頭してきた、相対性理論の文脈に連なるものとも考えられるかもしれない。ただし、決定的に異なっている点もある。相対性理論は表に姿をあらわしているが、さよならポニーテールは全員が顔を出していない。各人の素性も伏せられており、メンバー同士でさえ互いのことを知らないという。
 この匿名性こそがさよポニ最大の特徴だろう。彼らが正体を明かさないのは、クロネコによれば、純粋に作品世界を堪能してほしいのに加え、現実の消費のスピードとは異なる時間軸で作品をつくりたい、との理由による。スター性が発揮される場で勝負をしたくないがゆえに、いっさいライヴもやらない。そのスタンスは、今回のみぃなのソロ・アルバムにも引き継がれている。たとえば、ぎりぎりまで感情を抑えた歌唱法。これもきっとスター性を回避するために編み出された手法なのだろう。

 今回は作詞を本人が手がけているところもポイントで、弾き語りスタイルの “Joy and Jubilee” を筆頭に、先行配信曲 “Sea song” や “More you becomes you” では、(最新作『来るべき世界』以前の)さよポニを特徴づけていた「失われた青春」や「かつての恋」とは対照的に、「忘れること」(ないしは「思い出すこと」と「忘れること」との葛藤)が随所に織り込まれている。
 各曲のタイトルはすべて彼女の好きなアーティストの曲名からとられているので、気になる方は調べてみることをおすすめするが、都会と自然が対比される “Amelia” や兵士についての弾き語り “Arms dealer” (初回限定盤のみ収録)なんかも独特の余韻を与えてくれて味わい深く、みぃな(というキャラクター)が新たな段階へと進んでいることを教えてくれる。

 匿名性にこだわる彼らの音楽は、おなじSNS文化でも、視覚的主張の激しいインスタではなく、ツイッターとの親和性が高い音楽と言えるだろう。もし、SNSはやっているけれどセルフィーでナルシーなタイムラインにはどうにもなじめないというひとがいたら、ぜひこのみぃなのアルバムを聴いてみてほしい。フォーキーなアレンジとフラットな歌声が、ネット回覧中のいらいらや複雑な感情、日常の不安などを、かわりに引き受けてくれるような感覚を味わうことができるかもしれないから。

小林拓音