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サウス・ロンドンのペッカムでブラッドリー・ゼロが主宰する〈リズム・セクション・インターナショナル〉は、アル・ドブソン・ジュニアのようなビートダウン~ビート・ミュージック系から、ヘンリー・ウー(カマール・ウィリアムス)、カオス・イン・ザ・CBD、ダン・カイ(ジョーダン・ラカイ)のようなジャジーなディープ・ハウス、MCピンティのようなヒップホップ~グライムとハウスやブロークンビーツ、ダブステップをクロスオーヴァーしたアーティストなどを幅広くリリースし、もちろんサウス・ロンドンのジャズ・シーンにもリンクするレーベルである。そして、オーストラリアのメルボルンの 30/70 やプリークエルなどもリリースし、ワールドワイドなネットワークも有している。そんな〈リズム・セクション・インターナショナル〉から新たに登場したジェローム・トーマスは、それまでのエレクトロニック・サウンド主体のレーベル・カラーとは少し異なるアーティストである。
イースト・ロンドンのハックニー自治区にあるダルストン出身のジェローム・トーマスは、母親の影響でブランディのような1990年代のR&Bやソウルを聴きながら育ってきたという。シンガー・ソングライターでトラック制作もおこなう彼は、2016年に自主EPの「カンヴァセーションズ」でデビューする。メランコリックで夜の匂いに包まれたこのEPは、サウンド・プロダクションこそ現代的なものであるが、ディアンジェロの『ヴードゥー』のようなネオ・ソウルから、さらに遡れば1970年代のマーヴィン・ゲイの『アイ・ウォント・ユー』などの世界を彷彿とさせる作品集で、ソウル・シンガーとしてのジェローム・トーマスの才能や本質を見事に映し出していた。
その後もウォーレン・エクセレンスやジョー・アーモン・ジョーンズと組んだ “ディドゥント・ノウ”、ブルー・ラブ・ビーツと組んだ “アイ・ドント・ニード” などのシングルやミニ・アルバムの『ムード・スウィングス』をリリースし、ウノ・ハイプやイメージゴッドらの楽曲にもフィーチャーされた後、このたび〈リズム・セクション・インターナショナル〉と契約してミニ・アルバムの『ザット・シークレット・ソース』を発表した。
『ザット・シークレット・ソース』はジョー・アーモン・ジョーンズのグループで演奏するデヴィッド・ムラクポルらによるギター、ベース、キーボードの生演奏を入れ、オーガニックな質感を大切にしたサウンドへのアプローチがおこなわれている。『カンヴァセーションズ』などこれまでの作品に比べ、1970年代のニュー・ソウルをより意識したような作風と言える。アフロ的なモチーフを取り入れた “ザット” は、おそらくレーベル・オウナーのブラッドリー・ゼロ自らがパーカッションを演奏していると思われるが、ワウ・ギターのアクセントやジェロームのファルセット・ヴォーカルなどカーティス・メイフィールドの諸作を彷彿とさせる楽曲だ。“シークレット” の粘っこいヴォーカルはプリンスに近いものがあり、ファンキーさとメロウネスが絶妙に入り混じったサウンドである。“ソース” はヒップホップ的なプロダクションに70年代ニュー・ソウルのエッセンスをミックスさせ、アル・グリーンやマーヴィン・ゲイなど過去のレジェンドたちから2010年代のディアンジェロの『ブラック・メサイア』まで、ソウル・ミュージックの真髄を凝縮させたような楽曲となっている。
トランペットをフィーチャーした “サンクス(ノー・サンクス)” はブルース色の強いレイドバックした楽曲で、ジェロームのヴォーカルもひと際気だるいものとなっている。“セトル・ダウン” や “ノー・B.S.” はエリカ・バドゥやジル・スコット路線のネオ・ソウル調のナンバーで、特に “ノー・B.S.” での囁きかけるようなセクシーなヴォーカルが絶品である。〈リズム・セクション・インターナショナル〉としては異色の作品となったが、UKから久しぶりに本格派ソウル・シンガーが登場したと言えるだろう。
小川充