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Keith Freund

AmbientJazzy Electronica

Keith Freund

Hunter on the Wing

Last Resort

野田努   Mar 14,2022 UP

 20年前すでに音楽リスナーだった人は、あの頃のフォー・テットを思い出すといいだろう。フォークトロニカなどというサブジャンル用語で括られていた時代の、潔癖で愛らしいエレクトロニカ。キース・フロイントによるこれは、ジャズとアンビエントに寄った、その現代版である。つまり、時代を反映したダークでインダストリアルでディストピックな音楽ではない。小さな喜びをもった潔癖で愛らしいエレクトロニカだ。
 では、20年前はまだ赤ちゃんだった小山田米呂君のような音楽リスナーにはなんて言おうか。もしキミがOPNイーライ・ケスラーなんかが好きだったら、この音楽も好きになるかもしれない、反抗的ではないけれど夢想的な音楽だ、これだけ言って興味を持ってくれなければそれまでだ。なぜならこの音楽には虚栄心はないし、山っ気もない。誰かがこれを好きになってくれたらそれで良いや、そんな謙虚な音楽だったりする。

 オハイオ州アクロンを拠点とするキース・フロイントには、すでにそれなりのキャリアがある。彼のプロジェクトでもっとも名前が知られているのは、おそらくトラブル・ブックスだろう。これはフロイントが彼のパートナー、リンダ・レイショヴカといっしょにやっていたプロジェクトで、10年前にはマーク・マグアイアと共演もしている。また、そのメンバーのひとりマイク・トランはTalons'名義で長いことフォークをやっていて、数年前にVICEが「もっとも過小評価されているソングライター」として紹介したことでここ最近広く知られるようになった。フロイントに関しては、最近ではLemon Quartet、Aqueduct Ensembleといった名義でのジャズ/アンビエント寄りの作品が注目を集めているが、これらはアンドリュー・ウェザオールも評価したというアーティスト、G.S. Schrayとの共同プロジェクトになる。いずれにせよ、地元アクロンのインディ・シーンで活動している人たちといろいろやってきているようだ。
 時代との折り合いの付け方に苦労したとマイク・トランはVICEのなかで話しているが、たぶん、アクロンのシーンそのものがそうなのだろう。そこはポートランドでもなければ、LAでもNYでもない。クールでトレンディな若者を惹きつけるような街には見えないし、シカゴやデトロイトやフィラデルフィアのような箔があるわけでもない。業界が頻繁にチェックするようなところでないことはたしかだろう。だから、商業的な利益を得るうえで必ずしも機会が恵まれているとは言いがたい土地で長く音楽活動を続けるには、音楽への愛情が不可欠だ。ただでさえSNS時代はヘンな大人が嘲笑の的になりがちで、愛がなければまずやっていられない。しかし活動を支える純粋な思いは、いつしかおのれの音楽作品を磨き上げることにもなる。本作『Hunter on the Wing(翼のうえのハンター)』がそれに当たる。
 
 “なんもない、ただ月を聴く(Nothing, Just Listening to the Moon)”という曲を聴けば、このアルバムの魅力がわかるだろう。ひなびたノイズのループ、ピアノとサックスフォンが気持ちよさそうに音を奏でている。目新しい手法ではないが、このあたたかいテクスチュアにはアルバム全体に通じる親密さがある。フロイントは、フィールド・レコーディングを駆使してこの音響を味わい深いものにしているが、同時に極めて人工的な響きの抽象的な電子音が曲のなかで奇妙な時代感を感じさせる。宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』の世界に、突如としてシンセサイザーが送り込まれてしまったと、そんな夢想を引き出す音楽なのだ。
 こうした実験的だが穏やかさを崩さないエレクトロニカ系は、20年前のフォー・テット、さもなければフェネスの『Endless Summer』がそうだったように、じつは時代のトレンドに隣接しているということを、20年前すでに音楽リスナーだった人は覚えていることだろう。繊細な叙情性とアコースティックな響きは最近ずいしょで聴ける時代の信号のようなもので、いまもしぼくがDJをやるとして、キャロラインの次にこのアルバムのなかの1曲をかけても違和感はないはずだ。ただし、こちらには政治的表明などないけど。“なんもない、ただ月を聴く”と言っているぐらいなのだからね。

野田努