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ジェイソン・ピアースのスピリチュアライズド、その9作目となるスタジオ・アルバム『Everything was Beautiful』が、前作『And Nothing Hurt』から4年の歳月を経てリリースとなった。
もともとそれほど多作なバンドではない。1990年に前バンドであるスペースメン3がまだ存在していたにもかかわらず別ユニットとしてスタートしたスピリチュアライズドは1992年のファースト・アルバム『Lazer Guided Melodies』以降、30年間で9枚のスタジオ・アルバムと1枚のライヴ・アルバムしか正式リリースしていないのだ。最初の1枚から2作目(『Pure Phase』)が出るまでに3年、次(『Ladies And Gentlemen We Are Floating In Space』)が2年、さらにその次(『Let It Come Down』)が出るまでには4年もの間隔が空いている。その次のアルバムからはそれぞれ2年、5年、4年のスパンでリリースされてきた。メンバーを擁したフルバンド形態としてのスピリチュアライズドは前述したようにスペースメン3と並行して活動していたファースト時代だけであり、名作として名高い3作目からはほぼジェイソンのソロ・ユニットとなったことでパラノイアティックと言ってもいいほどのエディットやミックスへのこだわりが加速したことや、その後ジェイソンが重い病に罹患したこともその長い制作スパンには関係しているのだろうが、7作目の『Sweet Heart, Sweet Light』から『And Nothing Hurt』の間にはさらに6年という短くない年月が必要となってしまったのだった。
だから、『And Nothing Hurt』がリリースされて相応の年月が過ぎ去ったとき、これがスピリチュアライズドのラスト・アルバムになるのかもしれないという論調がネット上に見られたのも無理からぬことかもしれない。『And Nothing Hurt』についてはリリース当初からそのアルバム・タイトルが連合軍によるドイツのドレスデン空襲をモチーフにしたカート・ヴォネガットの代表作『スローターハウス5』由来のものであることが明らかにされていたが、この小説の主人公ビリー・ピルグリムの墓碑銘が「EVERYTHING WAS BEAUTIFUL, AND NOTHING HURT」であり、スピリチュアライズドがこのセンテンスの後半だけをピックアップしたという事実がさらにそうしたムードをいっそう事実のように感じさせたということもあるだろう。
ただ、『スローターハウス5』における主人公ビリー・ピルグリムは期せずしてなった時間旅行者であり、彼が直線的な時間に縛られない恐怖を体験する男、つまり彼を取り巻く時間流が一方向だけに向いているわけではなく、ときに遡行することもあったことは、今回の新作のタイトルおよび少なからぬ回帰ムードの説明にもなっているかもしれないと思うのだ。
アルバムはアポロ11号の送信ビープ音に続いて女声がアルバム・タイトルをアナウンスしてスタートする。これは3作目にしてスピリチュアライズド史上最高の名盤と目される『Ladies And Gentlemen~』のオープニングと同じ手法である。『Ladies And Gentlemen~』において当時のジェイソンのパートナーであったケイト・ラドリーが演じたそのパートを、『Everything~』においてはジェイソンの娘ポッピー(彼女は医療従事者として、Covid-19と日夜対峙しているという)が担うのだ。もし細心の注意を払わずにぼんやりと聞いていれば、聴き手を迎えてくれる淡々とした女性の声は、ほんの少し違うようにも思えるが実際は同じであるかのように、痛々しいほどなじんで聞こえるだろう。見ればアルバム・ジャケットはどちらもピルボックス(薬箱)を模したデザインであり、明らかに過去の意匠を意図的に取り入れているように思える。
ジェイソン・ピアースの音楽性というものが、実際この30年以上にわたって驚くほど変化していないことには改めて驚かされる。彼の曲はたいていの場合、低いところから始まってゆっくりと高みに登っていくような感覚をもたらすものであり、マントラのような歌詞がえんえん繰り返され、さらに音が積み重ねられていく。一見してすでに完成しているように見える油絵に、さらに絵の具を塗り重ねていくようなものとも言える。そうなるとどの曲も似たような意匠を纏うことにもなりかねず、一聴しただけではこれがいつ作られた曲なのかわからなくなるようなものが多い。密やかな教会音楽、どこかもどかしいクラシック・ロック、クラウトロックとフリージャズの影響、古典的であるように見えて実は未来的なサイケデリアが、宇宙から送信されるビープ音のなかでひとつに混じり合っているのだ。『Everything~』でジェイソンはスピリチュアライズドを再発明したわけではないし、新しい境地を切り開いたわけでもない。彼はすでに独自のサウンドを完成させており、こと21世紀に入ってからのスピリチュアライズドの作品は、特に毎回新しいルールを決めることなく、「スピリチュアライズドらしさ」に磨きをかけてこようとしていた。すべてのアルバムはどれも悪くないし、どのアルバムも少なくとも1曲か2曲のベスト盤に入れられるような名曲を提供してくれている。しかし同時に、1997年の傑作『Ladies And Gentlemen~』は、やはりスピリチュアライズドにとってメルクマールであり、その高い完成度は長い影を落としてもいたのである。いかにしてそれを超えていくか、あるいはそこから離れていくか……もともと同じ時期のデモから発展した『And~』と『Everything~』の違いはその点だ。『Everything~』が『And~』のみならず、ここ20年の作品と異なるのは、『Ladies And Gentlemen~』の影と抗うことなく、非常に長い時間をかけて過去の微かな痕跡を巧みにアップデートし、過去と連続した美しい表現へと昇華させているところだろう。
だから全体として、このアルバムは素晴らしい。叙情的に始まり、それは最終的に大きなサウンドスケープの波に調和していく。アルバムのラスト・トラックでジェイソンは、「ホザンナ!/ヘッド・オン・ハイ!/死ぬまで歌い続ける/もう待たないし同情もしない/ガスが尽きるまでガンガンいこうぜ/そしてすべてを吐き出すんだ/また家に帰れるんだから」と歌うが、詩の内容に反して高らかに歌い上げる感じでもないのがジェイソンらしい。苦難に満ちながら懸命に戦い、そしてそれゆえにパーフェクトな超越へと聴き手を誘うのだ。
杉田元一