Home > Reviews > Live Reviews > My Bloody Valentine- @ Hammerstein Ballroom
じつに22年ぶりの最新作『mbv』をリリースしたマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下、マイブラ)。08~09年の「再始動ツアー」以来となる大規模なライヴ・サーキットを、アジアを皮切りにおよそ1年かけておこなってきた彼らが、その締めくくりの公演を11月11日(月)、12日(火)とニューヨークでおこなった。このライヴを終えたらすぐ、アイルランドの新居に設立したプライヴェート・スタジオにこもり、ニューEPのレコーディングに入る予定だと話してくれたケヴィン・シールズ(ヴォーカル&ギター)。「次のライヴは、来年の夏頃やりたいな」とも言ってたが、常人とは時間感覚が著しく違う彼のこと、この機会を逃したらしばらくライヴは観られないのではないか、ひょっとしたらこれが最後のチャンス……? などと考えているうちにいても立ってもいられなくなり、気づけばニューヨークまで来ていた。
会場は両日とも、マンハッタンの中央に位置する〈ハマースタイン・ボールルーム(Hammerstein Ballroom)〉。2年前にポーティスヘッドの単独公演を観た場所だ。オープニング・アクトは、初日がオーストラリアのシンガーソングライター、アダム・ハーディング率いるダム・ナンバーズで(おそらくダイナソーJr.繋がり)、最終日はニューヨーク出身のバンド、ダイヴが務めた。地元の若手バンドが出るとあってか、客層は最終日のほうが圧倒的に若く、フロアにはアンドリュー・ヴァンウィンガーデン(MGMT)の姿もあった。 オープニング・アクトが終わると、BP.ファロン(ジャーナリスト/写真家)によるDJタイム。ドキュメンタリー映画『アップサイド・ダウン:クリエイションレコーズ・ヒストリー』に語り部として登場していた彼のDJは、とにかく大ネタの連発。T・レックスやストゥージズ、セックス・ピストルズの名曲を惜しげもなくスピンしていく。ニューヨークは、少なくとも筆者の行く先々ではルー・リード追悼一色という感じだったが、ファロンがヴェルヴェット・アンダーグラウンド“ヴィーナス・イン・ファーズ”をかけると、フロアからはひときわ大きな歓声が上がっていた。 ビートルズの“オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ”が大音量で流れ出すと、客電が徐々に暗くなっていくなか、あちこちからシンガロングが響きわたる。最新作を「“愛”に包まれたアルバム」と公言していたマイブラと、そのファンに対するファロンからの心憎いプレゼントだ。
21時を少し過ぎた頃、デビー・グッギ(ベース)、コルム・オコーサク(ドラム)、ケヴィン、ビリンダ・ブッチャー(ヴォーカル、ギター)の順でステージに登場。コルムとケヴィンはアコギを抱え、デビーはエレキギターをセッティング、ビリンダはキーボードの前に立つ。東京国際フォーラムと同じく、名曲“サムタイムズ”でライヴはスタートした。続いてサポート・メンバーのジェーン・マルコ(ギター、キーボード、コーラス)が加わり、通常の楽器編成に戻って“アイ・オンリー・セッド”“ホエン・ユー・スリープ”と『ラヴレス』からのナンバーを披露。ジェーン加入前の彼らは、シンセの印象的なシーケンス・フレーズをサンプリング音源で再現していたが、これをジェーンに弾かせることによって曲のテンポから完全に自由になった。ここぞとばかりにコルムがスピードを上げ、デビーのベースがグイグイとドライヴする“ホエン・ユー・スリープ”は、心拍数が跳ね上がるくらいカッコいい。マイブラのライヴの醍醐味は、なにもケヴィンの爆音ギターや、“ユー・メイド・ミー・リアライズ”中盤のノイズ・ビット(10分を超えるフィードバック・ノイズ)だけじゃない。この、鉄壁のリズム隊による唯一無二のグルーヴにもあるのだ。他にも、「叩き終わった途端に絶命してしまうのではないか?」と心配になるほど渾身の力を振り絞るコルムのドラミングが印象的な“ナッシング・マッチ・トゥー・ルーズ”、うねるようなデビーのベースラインが腰を揺さぶる“カム・イン・アローブ”、刹那的なケヴィンのギター・ソロに聴くたび身震いさせられる“ユー・ネヴァー・シュッド”など、毎度お馴染みのセットリストながら何度観ても鳥肌が立つ。
最新作『mbv』からは、国際フォーラムと同じく“ニュー・ユー”“オンリー・トゥモロー”“フー・シーズ・ユー”そして“ワンダー・2”を演奏。変則的なブレイクが挿入される“ニュー・ユー”は、日本公演では毎回ミスしてヒヤヒヤものだったが、今回は無事に完奏して一安心(シロウトか)。ビリンダとデビー、そしてジェーンも加わった重層的なコーラス・パートは見どころのひとつだ。“フー・シーズ・ユー”は、銀河系をイメージしたスクリーンをバックにケヴィンとビリンダがユニゾン・ヴォーカル。ビリンダはケヴィンのギター・ソロ・パートもスキャットでユニゾンしていたのが印象的だった。ヒプノティックな“トゥー・ヒア・ノウズ・ホエン”に続いて演奏された“ワンダー・2”は、メンバー全員がエレキギターをプレイするという変則的なフォーメーション。E-Bow(エレキギターの弦に当てて、電気的にフィードバックを発生させるエフェクター)を弦の上で小刻みに揺らし、高音フレーズで宙を切り裂くケヴィン。「トレモロアーム(ギターのトレモロバーを掴んだままギターをストロークし、音色に“ゆらぎ”を与える奏法)」に続いて編み出した彼のこの奏法は、来日時のインタヴューによれば、“イン・アナザー・ウェイ”など『mbv』の他の曲でも多用されたそうだ。 ここからは、早くも終盤戦。“スゥーン”“フィード・ミー・ウィズ・ユア・キス”“ユー・メイド・ミー・リアライズ”と畳み掛けていく。国際フォーラムでは、“スゥーン”に余計なキック音を足していたのが気になって仕方なかったが、今回それは改善されていた。2日めは撮影をしながらステージを観ていたのだが、特にサプライズ的なこともなく、セットリストから何からほとんどいっしょ。ただ、最終日ということで多少は開放的な気分になっていたのか、ラスト2曲の前に珍しくコルムとビリンダでMCをはじめたのにはびっくり。また、“ユー・メイド・ミー・リアライズ”のノイズビットのときにステージ袖へと回ってみたら、フランス人の女性PAエンジニアとローディーがかたくハグし合っていたり、ケヴィンを担当する天才ギター・テクがコブシを振り上げて大声で叫んでいたり、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。こんな凄まじい爆音に包まれながら祝杯をあげるなんて、いかにもマイブラのクルーらしいなあと思っていたら、少しだけウルッときてしまった。
終演後、楽屋にはパティ・スミスの姿が。「『ラヴレス』こそわたしの人生を変えた一枚」と公言する彼女とケヴィンは、05年と06年にロンドンの〈クイーン・エリザベス・ホール〉にて即興ライヴをおこなっている(2枚組CD『コーラル・シー』として08年にリリースされた)。今年はじめの韓国公演で再会したときには、12年10月にニューヨークを襲ったハリケーン「サンディ」の被災地への支援活動についてふたりは話し合ったそうだ。そんなふたりが並んでソファに座っている様子は、まるで映画のワンシーンを観ているようだった。 さて、大阪、東京、メルボルン、グラスゴー、マンチェスター、ロンドン、バルセロナ、苗場、国際フォーラムそしてニューヨークと、追いかけ続けたマイブラのライヴも、これでしばらくは見納めである。冒頭で紹介したケヴィンの計画どおり、新居でのレコーディングが無事にスタートし、来夏には再びライヴをおこなうかどうかは神のみぞ知るところ。「ケヴィン時間」に過剰な期待もせず絶望もせず、気長に待ち続けることにしよう。
文:黒田隆憲