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Tha Blue Herb

Tha Blue Herb

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Tha Blue Herb Recordings

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小澤 剛   Aug 31,2012 UP

 人前に身をさらすミュージシャンの、それも自分は強い人間だということをことさらにアピールする(しているように見える)ヒップホップのMCの、キャリアの重ね方というのは気になるものである。同世代や上の世代の人間に噛みついてきたMCが、上の世代と呼ばれるようになったときにどうふるまうのか。そういうことに興味がある。若いままではいられない。いつまでも若いヤンキー的な価値観でモノを見つづけて、ラップをしつづけられても、果たしてそれはどうなんだ……? と思わなくもない。自分の好きなMCにはかっこいい年の取り方をしてほしいと思う。では、かっこいい年の取り方とはどういうものなのだろうか。

 MCのボス・ザ・MC(イル・ボスティーノ)とトラックメイカーのO.N.O、ライヴDJのDJダイ。この3人からなる札幌のヒップホップ・グループ、ザ・ブルーハーブはヒリヒリとした質感を覚える、研ぎ澄まされた音と言葉を放ってきた。それはストイックでハングリーなヒップホップだった。自分たちのヒップホップこそが本物だ、自分たちが信じることができるヒップホップはひとつもない、だから自分たちが本物をやる。彼らの音と言葉にはそんな思いが込められている。そう思いながら聴いていた。そして彼らはじつに理想的な4作目のアルバムを作り上げた。それがこの『トータル』だ。ボス・ザ・MCは8曲目“アンフォーギヴン”で「今は15年前とは違い/俺等をいらつかせ奮い立たせたベテランはいない」「俺等も40代になり/去っていったMCへのシンパシー/これも長距離走者の孤独の後味かい?」とラップしている。今から15年前の1997年はザ・ブルーハーブが結成された年である。キャリアを重ね、自分たちが日本のヒップホップのフィールドのなかで上の世代になったことを認めているように見える。それでいてフレッシュでポジティヴな心は失われていない。彼らはこの作品において、かっこいい年の取り方を見せてくれている。

 ボス・ザ・MCは自分の身のまわりに起きた過去の出来事を落ちついてふり返っているようにも、冷めた目で見ているようにも思えるラップを3作目『ライフ・ストーリー』では聴かせていた。ここではそれに堂々とした雰囲気が加わり、横綱相撲とでも言えそうな貫禄のあるラップを聴かせている。それでいて走り出したばかりのランナーのようにフレッシュなところもある。冷めた目で見ているところはない。過去を振り返りながらも、未来をまっすぐに見つめている。前に進んでいこうとする意思が、明るくなっていくはずだという希望が、言葉には込められている。いまの音楽シーンや日本の状況を俯瞰してみているようなリリックからは、キャリアを重ねることによって生まれたのであろう余裕みたいなものを感じる。

 そのようにして発せられた言葉は鋭い。言葉をそう響かせているのは、彼らのこれまでの作品にはなかったビートにある。それがボス・ザ・MCを新しい気持ちにさせ、ラップをフレッシュなものにしているように思える。この新しいビートは新しいものを求めて前に進んだ末に見つけたものだった。あるいは自分たちが前に進むために、自分たちの心を新鮮なものにするために必要なものだった。そんな印象を受ける。ヒップホップによくある重いビートとも違う。トラックだけを聴いたら、ヒップホップだとは思わないかもしれない。ミニマル・テクノやディープ・ミニマルあたりから引っ張ってきたような、硬いコンクリートに突き刺さりそうな、硬質で鋭利なビートが刻み込まれている。それ以外には冷たい質感のエレクトロニクスが吹き抜ける吹雪のように鳴らされているだけで、余分な装飾はまったく施されていない。

 むき出しになったビートに言葉をぶつけるように、叩きつけるように、ボス・ザ・MCはラップする。うまさや巧みさよりも、力強さが前面に押し出された無骨なラップだ。小細工はなし。そこに横綱相撲を見ているような貫禄を感じる。力強いビートと力強い言葉がぶつかり合い、ビートが言葉を、言葉がビートを加速させる。「俺達はまだまだ高く飛べる」。2曲目“ウィ・キャン…”で放たれるこのリリックが、ビートと絡み合って勢いよく弾き出されている。堂々とした姿を見せつけながら、上へ上へと上がっていこうとする、前へ前へと進んでいこうとする音と言葉がある。

 3人はルーキーとベテランの波打ち際を走っている。自分たちが上の世代と呼ばれる年齢になったことを自覚しているかのごときリリックがありながらも、ラップには若々しさがある。ヒップホップの影響下にはないビートを取り入れたトラックからは、次のステージを追い求めている姿や、新しいものに挑んでいこうとしている姿を見て取れる。1曲目“イントゥー・ロー”のドラマチックなストリングスの響きで始まるところからして、おや、これはこれまでの作品とは違うぞと予感させる。彼らはここで自分たちにとって新しいことに挑み、自分たちの心を新鮮なものにして、その新しいことを自分たちのものにしている。新しいことに挑む余裕があり、それをクリアするスキルもある。そういったところに、いいキャリアの重ね方を、いい年の取り方をしていると思わせるものがある。これはザ・ブルーハーブの4作目として申し分のない素晴らしい作品である。

小澤 剛