ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Galen & Paul - Can We Do Tomorrow Another Day? | ポール・シムノン、ギャレン・エアーズ
  2. KLF KARE. ——ザ・KLFが介護をサポートする!?
  3. interview with Shinya Tsukamoto 「戦争が終わっても、ぜんぜん戦争は終わってないと思っていた人たちがたくさんいたことがわかったんですね」 | ──新作『ほかげ』をめぐる、塚本晋也インタヴュー
  4. Zettai-Mu “KODAMA KAZUFUMI Live in Osaka 2023” ──大阪のロングラン・パーティにこだま和文が登場
  5. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2023
  6. Lost New Wave 100% Vol.1 ——高木完が主催する日本のポスト・パンクのショーケース
  7. Oneohtrix Point Never - Again
  8. yeule - softscars | ユール
  9. DETROIT LOVE TOKYO ──カール・クレイグ、ムーディーマン、DJホログラフィックが集う夢の一夜
  10. Philip K. Dick ——もういちどディックと出会うときが来た——『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』刊行記念トークショー
  11. 『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』 - ダヴィッド・ラプジャード 著  堀千晶 訳
  12. interview with Gazelle Twin UKを切り裂く、恐怖のエレクトロニカ  | ガゼル・ツイン、本邦初インタヴュー
  13. AMBIENT KYOTO 2023最新情報 ──撮りおろしの作品動画が期間限定公開、コラボ・イベントも
  14. Ezra Collective ──UKジャズを牽引する一組、エズラ・コレクティヴの東京公演が決定
  15. CS + Kreme, Kassem Mosse, livwutang & YPY ──ファッション・ブランド〈C.E〉による年内最後のパーティが開催
  16. interview with (Sandy) Alex G 塩と砂糖の誘惑  | (サンディー)・アレックス・G、インタヴュー
  17. interview with JUZU a.k.a. MOOCHY 生き方を求めて  | ムーチー、インタヴュー
  18. interview with Evian Christ 新世代トランスの真打ち登場  | エヴィアン・クライスト、インタヴュー
  19. Ezra Collective - Where I’m Meant To Be  | エズラ・コレクティヴ
  20. Columns JPEGMAFIA『Veteran』の衝撃とは何だったのか

Home >  Reviews >  Readers > Tha Blue Herb- Total

Tha Blue Herb

Tha Blue Herb

Total

Tha Blue Herb Recordings

Amazon

小澤 剛   Aug 31,2012 UP

 人前に身をさらすミュージシャンの、それも自分は強い人間だということをことさらにアピールする(しているように見える)ヒップホップのMCの、キャリアの重ね方というのは気になるものである。同世代や上の世代の人間に噛みついてきたMCが、上の世代と呼ばれるようになったときにどうふるまうのか。そういうことに興味がある。若いままではいられない。いつまでも若いヤンキー的な価値観でモノを見つづけて、ラップをしつづけられても、果たしてそれはどうなんだ……? と思わなくもない。自分の好きなMCにはかっこいい年の取り方をしてほしいと思う。では、かっこいい年の取り方とはどういうものなのだろうか。

 MCのボス・ザ・MC(イル・ボスティーノ)とトラックメイカーのO.N.O、ライヴDJのDJダイ。この3人からなる札幌のヒップホップ・グループ、ザ・ブルーハーブはヒリヒリとした質感を覚える、研ぎ澄まされた音と言葉を放ってきた。それはストイックでハングリーなヒップホップだった。自分たちのヒップホップこそが本物だ、自分たちが信じることができるヒップホップはひとつもない、だから自分たちが本物をやる。彼らの音と言葉にはそんな思いが込められている。そう思いながら聴いていた。そして彼らはじつに理想的な4作目のアルバムを作り上げた。それがこの『トータル』だ。ボス・ザ・MCは8曲目“アンフォーギヴン”で「今は15年前とは違い/俺等をいらつかせ奮い立たせたベテランはいない」「俺等も40代になり/去っていったMCへのシンパシー/これも長距離走者の孤独の後味かい?」とラップしている。今から15年前の1997年はザ・ブルーハーブが結成された年である。キャリアを重ね、自分たちが日本のヒップホップのフィールドのなかで上の世代になったことを認めているように見える。それでいてフレッシュでポジティヴな心は失われていない。彼らはこの作品において、かっこいい年の取り方を見せてくれている。

 ボス・ザ・MCは自分の身のまわりに起きた過去の出来事を落ちついてふり返っているようにも、冷めた目で見ているようにも思えるラップを3作目『ライフ・ストーリー』では聴かせていた。ここではそれに堂々とした雰囲気が加わり、横綱相撲とでも言えそうな貫禄のあるラップを聴かせている。それでいて走り出したばかりのランナーのようにフレッシュなところもある。冷めた目で見ているところはない。過去を振り返りながらも、未来をまっすぐに見つめている。前に進んでいこうとする意思が、明るくなっていくはずだという希望が、言葉には込められている。いまの音楽シーンや日本の状況を俯瞰してみているようなリリックからは、キャリアを重ねることによって生まれたのであろう余裕みたいなものを感じる。

 そのようにして発せられた言葉は鋭い。言葉をそう響かせているのは、彼らのこれまでの作品にはなかったビートにある。それがボス・ザ・MCを新しい気持ちにさせ、ラップをフレッシュなものにしているように思える。この新しいビートは新しいものを求めて前に進んだ末に見つけたものだった。あるいは自分たちが前に進むために、自分たちの心を新鮮なものにするために必要なものだった。そんな印象を受ける。ヒップホップによくある重いビートとも違う。トラックだけを聴いたら、ヒップホップだとは思わないかもしれない。ミニマル・テクノやディープ・ミニマルあたりから引っ張ってきたような、硬いコンクリートに突き刺さりそうな、硬質で鋭利なビートが刻み込まれている。それ以外には冷たい質感のエレクトロニクスが吹き抜ける吹雪のように鳴らされているだけで、余分な装飾はまったく施されていない。

 むき出しになったビートに言葉をぶつけるように、叩きつけるように、ボス・ザ・MCはラップする。うまさや巧みさよりも、力強さが前面に押し出された無骨なラップだ。小細工はなし。そこに横綱相撲を見ているような貫禄を感じる。力強いビートと力強い言葉がぶつかり合い、ビートが言葉を、言葉がビートを加速させる。「俺達はまだまだ高く飛べる」。2曲目“ウィ・キャン…”で放たれるこのリリックが、ビートと絡み合って勢いよく弾き出されている。堂々とした姿を見せつけながら、上へ上へと上がっていこうとする、前へ前へと進んでいこうとする音と言葉がある。

 3人はルーキーとベテランの波打ち際を走っている。自分たちが上の世代と呼ばれる年齢になったことを自覚しているかのごときリリックがありながらも、ラップには若々しさがある。ヒップホップの影響下にはないビートを取り入れたトラックからは、次のステージを追い求めている姿や、新しいものに挑んでいこうとしている姿を見て取れる。1曲目“イントゥー・ロー”のドラマチックなストリングスの響きで始まるところからして、おや、これはこれまでの作品とは違うぞと予感させる。彼らはここで自分たちにとって新しいことに挑み、自分たちの心を新鮮なものにして、その新しいことを自分たちのものにしている。新しいことに挑む余裕があり、それをクリアするスキルもある。そういったところに、いいキャリアの重ね方を、いい年の取り方をしていると思わせるものがある。これはザ・ブルーハーブの4作目として申し分のない素晴らしい作品である。

小澤 剛