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長引くポスト・パンク・リヴァイヴァルは、この10年、ESGやワイヤー、スーサイドやザ・スリッツといったオリジネーターたちの新譜のリリースを促してきた。再発も相次いだし、多くのコンピレーション・アルバムもあった。ザ・ラプチャーやチック・チック・チック、レディオ4等々、リヴァイヴァリストとして多くのバンドが脚光を浴び、それがダンス・ミュージックとの新たな渡河点ともなり、それなりの成果をもたらした。が、多くはバンドはアイデンティティをポスト・パンクに規定され過ぎたのか、身動きがとれなくなっている。そこから抜け出る力とオリジナリティを持ったバンドは少なかったということなのだろう。
ブルックリンの鬼っ子、ライアーズもそのなかのひとつとしてシーンに登場した。5作目となる『シスターワールド』、ここには相変わらずスーサイドもギャング・オブ・フォーもディス・ヒートもいる。が、この新作には変化もある。それらポスト・パンクとともにディアハンター的ともいるのだ。『シスターワールド』は『マイクロキャッスル』、あるいはアトラス・サウンドの『ロゴス』にまで繋がる。喩えるならば、クラクソンズとホラーズが『マイクロキャッスル』をやっている、そんなふうに聴こえる。つまりアルバムを通して聴こえる深いリヴァーブやフィードバック・ノイズが今作の色を決定づけているのだ。
『シスターワールド』は、密教的でエキゾチックな諷経を思わせる、男声コーラスの微分音で幕を開ける。ライアーズは曲の頭で小芝居をやるというか、枕が長い。もったいぶる癖があるのだが、そこは愛嬌でもある。じきに強烈なビートが押し寄せてくる。シェラックやビッグ・ブラックにも通じる硬質でヴァイオレントなビート。鈍器で打ちつけられるようなビートだ。それはシェラックらとは逆で体が解放される感覚がある。「きたきた、思いっきり飛び跳ねたい」、そんなふうに体を刺激される。2曲めの"ノー・バリアー・ファン"もライアーズらしい。不穏なベース・リフ、のこぎりを挽くような気味の悪いストリングスとグロッケンが効いている。身体におよぼすビートの訴求力が半端ではない。
問題は"アイ・スティル・キャン・シー・アン・アウトサイド・ワールド"や"トゥー・マッチ・トゥー・マッチ"といった曲に顕著な色濃いドリーミーな音のたゆたいだ。ブラッドフォード・コックスがここ数年試みている質感である。シューゲイジンな閉塞感と深いまどろみとでも言おうか。
ここ数年、シューゲイザーというのはひとつの基調だ。ネオ・シューゲイザーと呼ばれる一群は、本家への自家撞着がモチベーションとなった特異なシーンを形成している。そこには自分たちの好きなシューゲ・レジェンドの音を自分好みにカスタマイズして制作した、コスプレ的な楽曲を見せ合う「シュー芸人」とでも呼びたいバンドたちが跋扈している。それらを別にしても、新しいバンドの音からそれと意識せずシューゲ・マナーなサウンドが検出されることが多い。90年代におけるディストーションのようなもので、リヴァーブやディレイは甦って時代の音となった。
ディアハンターはそのようにシューゲイザーなるもののオープン・ソース化された状況を巧みに利用して、シューゲイズという狭い枠を取り外すような音や文体を獲得したバンドだ。『マイクロキャッスル』以降、「サイケ・シューゲイズ」なる珍妙な言葉が定着した感があるが、このことだ。もっとうまい表現がないものかとは思うが、「サイケ」も「シューゲイズ」もともにゼロ代後半のモードを引っぱった要素のひとつであり、その結節点にディアハンターがいる。
ライアーズはまさにこの部分を拾っている。でなければ、今作は「この10年に活躍した、そこそこ実力のあるバンドの新作」以上の評価を得ることは難しかったのではないだろうか。どちらかというと先走った前衛志向に焦点を当てられがちな彼らだが、自分たちのオリジナリティを忘れずに、新しい音にすばやく反応するところには、したたかな力量をうかがわせる。
"スクエクロアズ・オン・ア・キラー・スラント"や"プラウド・エヴォリューション"、"ジ・オヴァーチーヴァーズ"なども愛聴したい曲だ。これらの曲からはソニックス的なガレージ・ロックという参照点があることを再認識させられる。どちらかというと柔らかく中性的な音がひしめく現在のシーンにあって、こんなに臆面もないロックは久々だ。
バンドは一時期ドイツに渡って楽曲を制作していたが、本作はロサンゼルスに戻ってのレコーディングとなった。テーマは「ロサンゼルスで生き延びるために人びとが作り出したオルタナティヴ・スペース」=「シスターワールド」。なんとも後味の悪い、しかしどことなく引きのある設定である。限定盤には、アラン・ヴェガやトム・ヨークをはじめ、メルヴィンズ、スロッビング・グリッスルのカーター・トゥッティ、ブロンド・レッドヘッドのカズ・マキノ等々の豪華なリミキサー陣によるリミックス・ヴァージョンが収録されている。彼らの来歴をきれいに証すような納得の顔ぶれだ。やっぱりというべきか、アトラス・サウンド名義でブラッドフォード・コックスも加わっている。
橋元優歩