ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. R.I.P. Shane MacGowan 追悼:シェイン・マガウアン
  2. Voodoo Club ——ロックンロールの夢よふたたび、暴動クラブ登場
  3. interview with Waajeed デトロイト・ハイテック・ジャズの思い出  | ──元スラム・ヴィレッジのプロデューサー、ワジード来日インタヴュー
  4. 蓮沼執太 - unpeople | Shuta Hasunuma
  5. interview with Kazufumi Kodama どうしようもない「悲しみ」というものが、ずっとあるんですよ | こだま和文、『COVER曲集 ♪ともしび♪』について語る
  6. DETROIT LOVE TOKYO ──カール・クレイグ、ムーディーマン、DJホログラフィックが集う夢の一夜
  7. Oneohtrix Point Never - Again
  8. シェイン 世界が愛する厄介者のうた -
  9. Galen & Paul - Can We Do Tomorrow Another Day? | ポール・シムノン、ギャレン・エアーズ
  10. Ryuichi Sakamoto ──坂本龍一、日本では初となる大規模個展が開催
  11. Lost New Wave 100% Vol.1 ——高木完が主催する日本のポスト・パンクのショーケース
  12. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2023
  13. interview with Shinya Tsukamoto 「戦争が終わっても、ぜんぜん戦争は終わってないと思っていた人たちがたくさんいたことがわかったんですね」 | ──新作『ほかげ』をめぐる、塚本晋也インタヴュー
  14. SPECIAL REQUEST ——スペシャル・リクエストがザ・KLFのカヴァー集を発表
  15. Columns ノエル・ギャラガー問題 (そして彼が優れている理由)
  16. yeule - softscars | ユール
  17. 『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』 - ダヴィッド・ラプジャード 著  堀千晶 訳
  18. Sleaford Mods ——スリーフォード・モッズがあの“ウェスト・エンド・ガールズ”をカヴァー
  19. interview with Shuta Hasunuma 蓮沼執太の考える音楽、そしてノイズ
  20. Slowdive - everything is alive | スロウダイヴ

Home >  Reviews >  Album Reviews > トクマルシューゴ- Port Entropy

トクマルシューゴ

トクマルシューゴ

Port Entropy

P-Vine

Amazon iTunes

岩崎 一敬   Apr 08,2010 UP
E王

 自分の部屋でずっと夢想していただろう風景をやっと手中に収めたね、おめでとう! というのがぼくの率直な感想。『ポート・エントロピー』は、自分で用意したたくさんの楽器/非楽器をひとりオーヴァーダビングしながらドリーミーな風景を構築していくトクマルシューゴの、2年半ぶりとなる4枚目のフル・アルバムだ。朝日新聞ではコラム連載、NHKテレビでは特集が組まれ(クリエイティヴな発言が多数ありました)、海外でも高い評価を受けるなど、いまや国際的アーティストとして注目を集めているトクマルだが、自身も初めて「自信作かな」と語るほどのキャリア最高の傑作の誕生だ。

 初期の作品はフランスのトイ・ポップ、ブライアン・ウィルソン、ジョン・フェイヒィ、ガスター・デル・ソル、ミュージック・コンクレートといった数々のキーワードが「ベッドルーム・サウンド」という名の下に混在していたが、もはやそれらはトクマルシューゴの手癖というか、ブランドとしてスタンダードになったように思える。新作は世のなか(とくにブルックリン)のモードとも同時代的にリンクしながら、さらに評価されることだろう。ちなみにマスタリングはボブ・ディランやノラ・ジョーンズ、MGMTなどを手掛けたニューヨーク在住のグレッグ・カルビが担当。厳選された音数(アルバムで使用された楽器の数自体はこれまででもっとも多い)、その配置と鳴り、メロディとハーモニーの構築など、磨き抜かれた質の高さにも舌を巻くが、そこで描かれているファンタジーが素晴らしい。まるで自分がトクマルシューゴの箱庭の住人になったかのような錯覚に陥ってしまう。

 初期の作品で描かれていた風景は、どちらかと言えばトクマルの脳内を覗いているような感覚があった。新作は彼がCDの中に箱庭をつくった、そんな感じだ。ここには以前より鮮明に具体化された風景が広がっている。森の奥で木々も小人たちもおもちゃもみんな唄い踊ってるような......そう、絵本やファンタジー映画、ブリティッシュ・トラッドなどに登場してくるケルトの森のような。先にリリースされたEP「Rum Hee」で描かれていた空想的な世界に繋がる話が12編用意されていると思ってもらえばいい(トクマル自身は「Rum Hee」を"宇宙でイカが飛んでるイメージ"と言っていたが......笑)。取材でトクマルはこの新作の全体像について、「孤児院の子供たちが無邪気に遊んでるイメージ、そういうのは裏の裏の裏くらいにコンセプトとしてある」と語っていたが、チャイルディッシュなかわいさと同時に残酷なもの哀しさを孕んだお話という部分では、世間でも囁かれているようにグリム童話のような世界が音で描かれているとも言えそうだ。

 さしづめ、「ベッドルームの夢想家」あらため「音で綴る童話作家」というところだろうか。いずれにせよ、どんな曲解も許容するような強度と余白が、この作品にはある。

岩崎 一敬