ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. TOKYO DUB ATTACK 2023 ——東京ダブの祭典で年を越そう
  2. André 3000 - New Blue Sun | アンドレ3000
  3. R.I.P. Shane MacGowan 追悼:シェイン・マガウアン
  4. Galen & Paul - Can We Do Tomorrow Another Day? | ポール・シムノン、ギャレン・エアーズ
  5. Jim O'Rourke & Takuro Okada ──年明け最初の注目公演、ジム・オルークと岡田拓郎による2マン・ライヴ
  6. interview with Waajeed デトロイト・ハイテック・ジャズの思い出  | ──元スラム・ヴィレッジのプロデューサー、ワジード来日インタヴュー
  7. AMBIENT KYOTO 2023 ──好評につき会期延長が決定、コラボ・イベントもまもなく
  8. interview with Kazufumi Kodama どうしようもない「悲しみ」というものが、ずっとあるんですよ | こだま和文、『COVER曲集 ♪ともしび♪』について語る
  9. Voodoo Club ——ロックンロールの夢よふたたび、暴動クラブ登場
  10. Oneohtrix Point Never - Again
  11. 蓮沼執太 - unpeople | Shuta Hasunuma
  12. Bim One Production (1TA & e-mura) Roots / Dubフェイバリット
  13. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2023
  14. Columns ノエル・ギャラガー問題 (そして彼が優れている理由)
  15. interview with FINAL SPANK HAPPY メンヘラ退場、青春カムバック。  | 最終スパンクハッピー
  16. FEBB ──幻の3rdアルバムがリリース
  17. Big Boi - Sir Lucious Left Foot: The Son of Chico Dusty
  18. SPECIAL REQUEST ——スペシャル・リクエストがザ・KLFのカヴァー集を発表
  19. yeule - softscars | ユール
  20. 『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』 - ダヴィッド・ラプジャード 著  堀千晶 訳

Home >  Reviews >  Album Reviews > Prins Thomas- Prins Thomas

Prins Thomas

Prins Thomas

Prins Thomas

Full Pupp

Amazon iTunes

野田 努   May 26,2010 UP

 よく考えてみたら......というか考えるまでもなくアシュラ・テンペルの『インヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギター』のアートワークは恐ろしくダサいもので、1975年当時にしてもあの田舎者丸出しのファッションはいかがなものだったのだろうかと思う。そして1977年の『ニュー・エイジ・オブ・アース』の2曲目――曲名は"優しい海"。このセンスもまた、恐ろしくダサいものだが、しかしUKの元パンクスはパンクが制度化したときにパンクの美学の正反対に位置する"優しい海"を選んだのである――とデヴィッド・トゥープは書いている。それが形骸化したとき、その反対側にいくのがUKポップ・カルチャーの特徴である、とこの著述家は述べている。トゥープの説が正しければ、我々はものの見事にUKのそうした振り子的な動きに影響されたと言える。この国の元パンクスも、ある時期に『インヴェンションズ・フォー・エレクトリック・ギター』に震え、"優しい海"に泣いたのだから。

 プリンス・トーマスのアルバムのジャケも、お世辞にも格好いいとは言えない。コズミック・ディスコのスターのひとりの最初のソロ・アルバムだ。もうちょい気が利いたデザインがあってもいいのではないかと思う。タイトルは『プリンス・トーマス』とこれもまあベタで、等身大を強調しているのは言われなくてわかる。ちなみにこのセンスは、何かの正反対として機能しているのだろうか。まあ、あるとしたらエレクトロだろうな。レディ・ガガにとくに関心を持てない人間からするとどうでもいい話だけれど。

 プリンス・トーマスはこの5年、リンドストローム&プリンス・トーマスとして多くの作品を発表している。6枚のシングルを出し、3枚目のアルバムを出している。実際トーマスはノルウェーのコズミック・ディスコの王様、ハンス・ピーター・リンドストロームのパートナーとしてキャリアをスタートさせている。リンドストロームの手伝いをしながら、2004年に彼のレーベル〈Feedelity〉からリンドストローム&プリンス・トーマスとしてデビューすると、翌年には自分のレーベル〈Full Pupp〉を立ち上げ、トッド・テリエのシングルをリリースしている。2007年にトーマスはミックスCDを出しているが、その選曲――ジョー・ミーク、クルーエル・グランド・オーケストラ、ホルガー・チューカイ、ボーズ・オブ・カナダ、ホークウィンド等々――には、リンドストロームとは違ったトーマスのセンスが出ている。80年代のポップスを"最高"だと賞揚するリンドストロームに対してトーマスのセンスはよりクラウトロックやサイケデリックに向いているようだ。今作『プリンス・トーマス』を聴いてなおさらそう思った。

 アルバムを聴きながら思い出したのは、マニュエル・ゲッチングのミニマリズムではない。ノイ!のギタリストだったミハエル・ローターのオプティミズムである。とくにアルバムの前半にはハルモニアがスペース・ディスコをやったような、実にテキトーな、すなわち脳天気な、ゆるゆるなトリップが展開される。よく晴れた日にみんなでピクニックに出掛けるような、そんな底抜けな楽天性だ。だいたいドラミングは......若い頃のクラウス・ディンガーである。

 我慢強く集中して聴くことができるリスナーには、悪戯めいたサイケデリックな仕掛けを楽しむことだってできる。マカロニウェスタン風のギターはエフェクトで歪み、クラスター風のプロダクションにミラーボールがキラキラと回転する。コズミック・ディスコのアルバムというよりは、まるで最新のクラウトロックに聴こえる。大袈裟な話じゃない。本当に、アルバムの4曲目までは。試しに10分以上もある"ザワークラウト"(注)なる曲を聴き給え(とくにギター)。トーマス王子は確信犯としてそれをやっているのだ。
 もっともトーマスは、後半には彼のダンスフロアのフリークアウトを用意する。5曲目から6曲目にかけてはパワフルなビートを響かせ......、が、しかし最後の7曲目ではダウンテンポのなかにふたたび脈絡のないシュールな音を放り込んで我々を煙に巻く。
 思っていたよりずいぶんこのアルバムを楽しむことできた。ユーモアも効いている。少なくとも都心で安い天体望遠鏡を覗くよりも、『プリンス・トーマス』を聴いたほうがエキサイティングだと思うよ。そして遠い未来の音楽ファンが、決して格好いいとは言えないこのジャケを手にすることだって充分にありうると思う。パンクが制度化されたときに。
 
 
(注)ザワークラウト:ドイツ人が昔から食べているキャベツの漬け物で、クラウトロックの"クラウト"はここから来ている(元々はだから蔑称として"クラウトロック"だった)。これ豆知識。

野田 努