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アシッド・ハウスの時代にもベテランが後からそのムーヴメントに乗り込んできたことはあった。キャバレ・ヴォルテールやコイルをはじめ、ジーザス&ザ・メリーチェインのメンバーまでもがダンスのムーヴメントへとアプローチした。それからおよそ20年後の現在、ニューヨークからマシンドラムがダブステップの"その後"にアクセスしている。
2010年の夏、トラヴィス・スチュワートはマシンドラム名義でグラスゴーの〈ラッキーミー〉からシングルを出すと、同時期にベルリンの〈ホットフラッシュ〉からセパルキュア名義(プレヴィーンとのプロジェクト)でもシングルを出している。〈ラッキーミー〉といえば、ジャックス・グリーン(Jacques Greene)という、ここ最近、耳の早いベース・ミュージック・リスナーにけっこう注目されているプロデューサーのひとりを擁するレーベルだが、マシンドラムは2010年には同レーベルからアルバムも発表している。セパルキュアとしての2枚目のシングルも2011年の初頭に〈ホットフラッシュ〉からリリースしているが、10年のキャリアを持つベテランの予期せぬ登場は、ベース・ミュージックのシーンが現在それだけの多様性を持っていることの証であり、このムーヴメントがさらにまた新しいリスナーや世代を巻き込んでいくことの予兆で、実に喜ばしいことだと僕には思える。
とはいえ、10年前のマシンドラムとはIDMとヒップホップの折衷主義的なアプローチの、当時はアブストラクト・ヒップホップと呼ばれた一群の、まあ要するにプレフューズ73のフォロワーで、そしてフォロワー以上のインパクトがあったわけではない。リリース元も〈Merck〉という、フロリダにある典型的なまでの〈ワープ〉フォロワー・レーベルだった......。
しかしながら、今年〈ワープ〉からリリースされたプレフューズ73の新作と昨年〈ラッキーミー〉から発表されたマシンドラムのどちらに興味があるのかと言われれば、僕のようなリスナーは〈ラッキーミー〉を指名するんじゃないだろうか。なにせリリース元が〈ラッキーミー〉だし、もちろんプレフューズ73のフォロワーに過ぎなかった人の音楽がベース・ミュージックとの邂逅によってどのように変容したのかも興味深い。マウント・キンビーのようなイノヴェイターが拡張した"その後"にIDMの入り込む余地が大いにあるのは事実だ。そしてマシンドラムは、実際の話、彼の器用なプログラミングと豊富な知識ないしはアンビエントのセンスによって、ベース・ミュージックに集まった多くの耳に衝撃を与えたのである。
『ルーム(s)』は〈ラッキーミー〉からの『メニー・フェイシズ』 に続いて発表されるマシンドラムの新しいアルバムで、リリース元は〈プラネット・ミュー〉。いま3度目のピークを迎えているこのレーベルからのリリースと いうこともあって、そしてもちろん内容的にも、『ルーム(s)』はさらにまた多くの耳を惹きつけるであろう作品である。ダブステップのドラム・パターンに心地よくハマっているヘッズ、それからフォー・テットやゴールド・パンダのエレクトロニック・コレクションに心酔するリスナーが同じ部屋にやって来たようなアルバムで、オープニング・トラックの"She Died There"がまさにそのことを象徴する1曲だ。これはブリアル・スタイルの2ステップのビートを用いながら、しかしミニマル・ハウスのドープなムードを絡ませることでダブステップとはどこか別の方角に動かしているという、そう、ブリアルとフォー・テットの共作の路線を行きながらそれを追い越そうとするトラックである。全体的に言えば、彼が好むところの複雑なビート・プラミングを披露してはいるものの、難しい音楽というわけではない。随所に流行のR&Bサンプルを巧みに使いながら、あくまでダブステップ以降のビートを強調するアルバム で、なんというか、彼のルックスからはなかなか思い浮かばないような、バカみたいな喩えで申し訳ないけれど「イケイケ」で「ノリノリ」な作品である。
豊富なドラム・パターンを持っているトラヴィス・スチュワートだが、『ルーム(s)』では出し惜しむことなく......というか、もう手が付けられないほどに勢いに乗っている。それは、ピアノ・ループが印象的な"Come1"のように、あくまでもエレガントに、そしてメロディアスに駆け上がっていく。"Come1"に関して言えば、お世辞抜きにクラウトロック(とくにカン)の銀河にもっとも接近したダブステップだと言えるのではないだろうか。
その他方では......チョップド・ヴォイスがはしゃぎまくっている"GBYE"や躁状態のIDM系のトラック"The Statue"のような曲は、トラヴィス・スチュワートが〈プラネット・ミュー〉というレーベルに抱いている思いのようなものが具現化した曲ではないかと思えるほど、ゼロ年代前半の〈プラネット・ミュー〉を思い出してしまうのである。まあ、しかしそういう細かいことよりも、僕が主張したいのは、エレクトロニック・ミュージックはいま面白いですよ、マジに......ということなのだ。
野田 努