Home > Reviews > Album Reviews > Balam Acab- Wander / Wonder
シンセ・ポップ/チルウェイヴ......ダークウェイヴやウィッチ・ハウス、ある種のダブステップ、そしてこの5年ぐらいのベッドルーム・ポップには、孤独、喪失、徒労感、恐怖、悲しみ......といった感情が目立っている。ブリアル、ジェームス・ブレイク、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル、ホリー・アザー......パンタ・デュ・プランス(まあ、この人はミニマル・テクノですけど)などなど、PCを前にして感じる疎外感のようなものがメキメキと巨大化して、まるで世のなかに対して強力なバリアを張っているような、独特のくぐもり方をした音(それはおうおうにしてリヴァーブのデタラメな応用によって決定される)を特徴としている。これがバレアリックな陶酔感と同じカードの裏表にあるのは言うまでもなく、それが疎外感を打ち出すものだろうが、あるいは多幸感を表すものであろうが、どちらにも共通して言えるのはとことんダウナーに展開されているという点である。テレビの画面で見られるキビキビとした動き、なんともアッパーなダンスとは真逆のベクトルで、これら新種のダウナー音楽はそうしたアッパーな世界と隔絶するように拡大しているよう見える。バラム・アカブを名乗る現在20歳のアレック・クーンによる音楽もそうした一群に属している。どこまでも孤独で、どこまでも陶酔的で、そして美しい孤独と陶酔だ。ジェームス・ブレイク・フォロワーと言ってしまえばそれまでだが、ブレイクからベースを落としてダブ処理を過剰にし感じで、よりラフな分だけガレージ的な生々しさがある。この世界には居場所がない......そう強く訴えているような音楽だ。『錯乱/不安』、このタイトルがぴったりである。
こうした音楽は、暗に未来の無さを告げているようだが(未来の無さという点においては、欧米も日本も同じだろう)、歪んだ声やけたたましい谺のなかにさえ、キラキラと光るものを感じる。A面が"Wander"で、B面が"Wonder"かもしれない。仮にそうだとしたら、錯乱そのものの"Wander"に対して、"Wonder"には安らぎの感覚があるから、「不安」というよりも「謎めいたときめき」と訳したほうが良さそうだ。B面は、ピアノの音色を効果的に使いながら、星がまばたく天上の阿片窟で少女が歌っているようなのだ。
あるいは......『アンビエント・ワークスvol.2』の繭のなかのアンビエントがおよそ20年後のいまポップ・カルチャーのもっとも若い世代のベッドルームで増殖し、そして生温かい新しい夢の繭がいまこうして伝染しているようにも思う。何かもう、キビキビしたり、もっともらしいことを言うことに心底うんざりしているのだろう。
野田 努