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野田 努 Nov 01,2011 UP
日本人らしからぬディストピックなヴィジョンをぶちかますのは、ブラック・メタルのバンドではない......東京の〈コズ・ミー・ペイン〉――チルウェイヴ、ダークウェイヴ、ウィッチハウスなどに代表されるUSのDIYシーンと共通する感性を有しながら活動している東京のインディ・レーベル――のメンバー、ザ・ビューティを名乗るODA青年。この12インチ・シングル「プレリュード・トゥ・ザ・ホラーEP」は〈クルーエル〉からのリリースとなる。
瀧見憲司が下北沢のレコード店で彼のカセット(『The Beauty / Jesse Ruins』)を買って、そして気に入ったことが今回のリリースの発端となっているそうだが、〈コズ・ミー・ペイン〉に代表される若い世代の音楽が〈クルーエル〉のようなすでに歴史のあるインディ・レーベルから出ることそれ自体が画期的で、ファンタジーで、実に前向きな出来事だ。
ま、それはともかく問題は音。アンドリュー・ウェザオールのゴシック趣味が〈トライ・アングル〉レーベル系の、たとえばホリー・アザーの暗黒と結ばれた瞬間とでも喩えればいいのか......ないしはブラック・サバスのチルウェイヴ・ヴァージョン、さもなければ1990年あたりのジョイ・ベルトラムの手がけるゴシック・トランス・ヴァージョンとでも呼べばいいのか......。カセット作品『The Beauty / Jesse Ruins』との違いは、収録された4トラックすべてがダンサブルという点だが、そのことが一見穏やかそうなザ・ビューティの隠されたディオニュソス的な本性(?)を引き出している。ザ・ビューティを名乗るODA青年も......たとえばフォトディスコと同じように僕にはケレンミのない気の良い青年に見えるが、その音楽は著しく異なっている。早い話、ザ・ビューティの音楽はぶっ飛んでいる(トランシー)のだ。
ザ・ビューティのぶっ飛び方のテイスト――キッチュなホラー映画嗜好や陰鬱な美意識――、それが80年代の〈4AD〉をよく知る瀧見憲司の好みとかみ合ったということなのだろうか。その相性の良さはA面の"トリビュート・トゥ・ザ・ホラー"のルガー・イーゴ(瀧見憲司)によるリミックスが証明している。初めてこのヴァージョンを聴いたとき、そのメロディアスなアルペジオとドライヴするビート、そして危ういほどのトランシーな展開に思わず"エイジ・オブ・ラヴ"を思い出してしまった......(ジャーマン・トランスにおいて、その後の流れを変えたほどの1990年の大大大ヒット曲)。
AA面の1曲目に収録された"トリビュート・トゥ・ザ・ホラー"のオリジナルはさらに重厚なサウンドとなっている。"Fifth Regret"は美しいメロディを持ったイーサリアル系のチルゲイズで、意茶目っ気のあるファンキーなドラミングからはじまる"Stay The Word"はゴシック・ロマンたっぷりのダークウェイヴ。どの曲も見事に退廃的で、そしてエレガントで美しい。
「プレリュード・トゥ・ザ・ホラーEP」は、日本のチルウェイヴ世代がクラブ・カルチャーと接続された最初の一歩で、そのサウンドはリスナーを確実に別世界へと連れて行く。ちなみに〈コズ・ミー・ペイン〉のメンバーはみんなDJをしているが、いまどきの若者にしては珍しくアナログ盤......いや、若いからこそアナログ盤を使うのだ(がんばれよ~)。
もう1枚、瀧見憲司のビーイング・ボーリングス(ペット・ショップ・ボーイズの有名な曲からの引用でしょう)名義の12インチも紹介したい。"Love House of Love"も"Some are Here ~"もいわゆるコズミック・ディスコ調(遅めのピッチのリンドストローム・スタイルのディスコ・グルーヴ)のトラックだが、両面ともミキシングがいたってユニーク。"Love House of Love"では、聖歌のような女の声(僕にはそれが70年代の深夜番組の下世話さを彷彿させる)が立体的に上昇し、拡散していく。そのなかをさまざまなサンプリング音が挿入され、消えて、そしてまた重なっていく。スタジオ・ミキシングによる創造という意味ではダブで、あるいはシンプルなたたずまいでいながらその裏側では細かく凝っているという点では渋谷系的な(あるいはコーネリアス的な)トリックを持っている。"Some are Here ~"ではフリップ・サイドらしくダブ・ミキシングを過剰に展開している。先日、下北沢の某レコード店で「お薦めは~?」と訊いたら「これ」と差し出された。「最近の瀧見さんは本当にすごいですよ」と言っていたその言葉は真実だった。というか、いち部の頑固なヨーロッパ人のように、いまだコンスタントに12インチ・シングルをリリースし続けているという事実は尊敬に値する。
野田 努