ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones ジャズはいまも私たちを魅了する──沖野修也とジョー・アーモン・ジョーンズ、大いに語り合う
  2. Doechii - Alligator Bites Never Heal | ドゥーチー
  3. Columns Talking about Mark Fisher’s K-Punk いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性 | ──日本語版『K-PUNK』完結記念座談会
  4. Kafka’s Ibiki ──ジム・オルーク、石橋英子、山本達久から成るカフカ鼾、新作リリース記念ライヴが開催
  5. キング・タビー――ダブの創始者、そしてレゲエの中心にいた男
  6. Masaya Nakahara ——中原昌也の新刊『偉大な作家生活には病院生活が必要だ』
  7. Fennesz - Mosaic | フェネス
  8. The Cure - Songs of a Lost World | ザ・キュアー
  9. Tashi Wada - What Is Not Strange? | タシ・ワダ
  10. cumgirl8 - the 8th cumming | カムガール8
  11. 別冊ele-king 日本の大衆文化はなぜ「終末」を描くのか――漫画、アニメ、音楽に観る「世界の終わり」
  12. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  13. Albino Sound & Mars89 ──東京某所で培養された実験の成果、注目の共作が〈Nocturnal Technology〉からリリース
  14. ele-king vol.34 特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険
  15. 音と心と体のカルテ
  16. Wool & The Pants - Not Fun In The Summertime | ウール&ザ・パンツ
  17. FRUE presents Fred Frith Live 2025 ——巨匠フレッド・フリス、8年ぶりの来日
  18. 工藤冬里『何故肉は肉を産むのか』 - 11月4日@アザレア音楽室(静岡市)
  19. Columns 12月のジャズ Jazz in December 2024
  20. aus - Fluctor | アウス

Home >  Reviews >  Album Reviews > The Field- Looping State Of Mind

The Field

The Field

Looping State Of Mind

Kompakt

Amazon iTunes

木津 毅   Nov 25,2011 UP

 進んでも進んでも気がつけば同じ場所に戻っている。ザ・フィールドの音楽は一言で言えばそれである。
 反復という手法はもちろんダンス・ミュージックの基本だが、それがリズムやフレーズの徹底したループという意図的なものになると、それはもはやひとつの表現形態で、大げさに言えば人間が生きることのアナロジーになり得ると思う。永劫回帰とか輪廻転生とか大それたことでなくても、寝て起きて、ほとんど同じような毎日を繰り返し続ける生活のことを「リズム」だと呼ぶ感覚を言い当てているのではないだろうか。ほかの反復音楽を聴いていてもそんな風にはあまり思わないのだが、ザ・フィールドの音楽の叙情性、というか「ヒューマンな」感触はなぜだか僕にそんなことを思わせる。そしてそれは、ダンスフロアやベッドルームなどの特定の場所ではなく、もっと日常の生活に近いところにある。
 あるいは僕の場合、ループという言葉を聞くとごく初期の任天堂のマリオのゲームを思い出す。正しいルートを選ばないと同じ地形を延々と繰り返す単純なトラップにループと名前がつけられていたのだ。そしてそこで、僕は敢えて間違ったルートを選んで遊んでいた記憶がある。するとテレビに映るのは延々と同じ画面の流れの繰り返しで、それはいまにして思えばある意味サイケデリックな体験だったと言えよう。

 本作のタイトルの「ループする精神状態」は、そんな不毛さと快感に同時にはっきりと言及する。ザ・フィールドはループそのものをコンセプトとして意識的に掲げたアクセル・ウィルナーによるプロジェクトであり、無地のクリーム色を背景にアーティスト名とタイトルだけが簡素に記されたジャケットが3作続けられたことにも表れているように、ミニマリズムをその美学としている――のだが、ミニマル・テクノと呼ぶにはどこか、そこからはみ出すニュアンスをつねに孕んでいる。それは例えばタイミング的にもネオゲイザー勢とシンクロしたシューゲイジングな味付けであったり、音の丸い輪郭による柔らかい質感であったり、上モノのメロディが持つセンチメントだったりするのだが、作を重ねるごとにそうした細部により神経を使っていることがわかる。ループという「効用」があるとして、それをフィジカルなものとしてよりもメンタル面にいかに作用させるか、にウィルナーは関心を抱いているのではないだろうか。ザ・フィールドの音楽の手触りはいつも、機械の冷たさではなくどこか体温を感じさせるものである。
 この3枚目に顕著なのは何よりも生音のドラムとベースであり、それらによる僅かなエディットのズレやリズムの揺れ、有機的なグルーヴである。基本的に拍は4/4を刻みながらも、裏の拍にビートが入ったりリズムが微妙にシンコペートしたりする複雑さも実は張り巡らされている。半音階がやたら入ってくるシンセの和音。それらによって醸されているエモーションもまた、上り詰めもせず沈み込みもしない単純に喜怒哀楽に分けることのできないもので、デビュー作『フロム・ヒア・ウィ・ゴー・サブライム』においてわかりやすいブレイクやフランジャーで演出された高揚感を思えば、反復が持つ可能性のより奥へと分け入ることに成功していると言えるだろう。
 もちろん、ザ・フィールドのひたすら繰り返される音楽のなかにも様々な展開は用意されている。オープニングの"イズ・ディス・パワー"では順序良くドラムが入り、ベースが入り、そして6分ほど経ったところでようやくがらっと風景を変える得意のテクニックを使ってオープニングをソツなく演出しているし、"バーンド・アウト"では途中でやたらメロウな歌が入ってきたりする。そう言えば前作『イエスタデイ&トゥデイ』ではコーギスのカヴァーを唐突にしていたが、それよりも遥かに自然なやり方で歌を自分の音楽に溶け込ませている。ただ、「アルペジオされる愛」と洒落たタイトルがつけられた"アルペジエイティッド・ラヴ"で10分同じフレーズを繰り返しながら次第にギターのノイズが降り注いでくるときの渦巻くようなサイケデリアや、タイトル・トラックにおいてやはり10分かける反復のなかで細かい電子音のフレーズを差し込んでくる周到な快楽への誘いこそが、本作の聴きどころでありザ・フィールドの真骨頂だろう。基本的なやり方は変えずとも、ウィルナーは高揚よりも陶酔の方に向かっている。ラスト・トラック"スウィート・スロー・ベイビー"のやたらに崩した奇妙なリズムだけは新しい手法に貪欲に挑んでいると言えるが、通して言えばザ・フィールドというコンセプトの着地点がこのアルバムだろう。

 そして、それは徹底して心地良いものとしてある。作り手によって意図的になされたループを通してそれが達成されるならば、それは不毛な繰り返しであるかもしれない生活を緩やかに肯定し、そこに寄り添うものとなるだろう。同じところをぐるぐる回っているようでも、ひょっとすれば螺旋状に上昇はしているかもしれない。生きることには「リズム」が欠かせないのだと、そのサイケデリアからじわじわと聞こえてくるようである。

木津 毅