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この作品には蒸留されたノスタルジーがある、と言うのはメンバーのクリス・カリスである。それも「特定のアーティストのスタイルにではなく、音楽がもっとシンプルでミステリアスなものだった時代へのノスタルジー」である、と。
筆者からすればこれは不正確な表現であるように思われる。音楽自体がシンプルさとミステリーとを喪失したのではない。音楽の聴き方からそれが失われたのだ。というか、そう述べる本人が、かつて音楽とのあいだに感じていた直接性――ピュアネスとあえて言い換えてもいい――を手放してしまったという苦い自覚に打たれているのではないか。問題は音楽の変質にではなく体験の変質にある。「ノスタルジー」だと言い切る背景には実際のところそのくらいメタな認識が忍び込んでいるように思う。そして、だからこそこのアルバムはつめたいファンクネスの裏側になんとも哀切なエモーションをたくしこんでいる。
2008年の『ザ・スラッシュ』を記憶する方もいるかもしれない。シカゴの4人組、シャンデリアズの4枚めとなるフル・アルバムがリリースされた。カンやクラフトワークを思わせるクラウトロック志向に、〈イタリアンズ・ドゥー・イット・ベター〉などに通じるレトロで艶っぽいシンセ・ポップ、プリンスを彷彿させるシックなファンク・チューンはときにリキッド・リキッドのタイトなビート感覚に交差し、エイフェックス・ツインやケトルを思わせる叙情的なIDMがそこに浮遊感を与える。テクニカルである上にリスナーとしてもディープな体験を持つことがよくうかがわれ、2010年前後のモードにも敏感、ひと言で言って優秀なポップ作品だ。
しかし今作をいいと思うのは、素直な感情表現がうまくなったように感じることだ。それは音楽的な技術でなされるものではない。わきの甘さというか、思考や感性などもっと総合的な部分で少し幅が生まれていて、エモーションと音楽とのよい距離が取れているように思う。『ザ・スラッシュ』にあったメランコリックなムードをテクニックで固めることなく、自然でかつ音と密接したかたちで表現している。その意味で"エンクレイヴス"をとても美しいと感じた。一方でアルバムを華やかに彩るのは"ニュー・タイムス"のビビッドで大胆なシンセづかいやダンスを踏み抜くようなビート、また"ル・コラージュ"や"ドメイン・オブ・ワンダー"のレトロかつ近未来的(死語だそうだ)なセンスの方である。どれもがなかなか隙を見せないが、その整い方や完成度にはとても気持ちのよいものがある。心を研ぎ澄ませることで音や方法を磨いていったというよりは、技術を洗練させるなかで新しく情緒が整えられていったのかもしれない。
「いまの音楽は何を使ってどのように組み立てたかがすぐにわかってしまう」から好ましくないと語るクリスだが、それはシャンデリアズも例外ではないはずだ。もはやアナログな方法によっても、おそらくクリスの言う種類のミステリーは確保できない。『ファウンディング・ファーザーズ(建国の父祖)』とはおそらくそうしたミスティックな要素にまみれた根源への、あきらめ混じりの思慕である。何をどう組み立てて国(/音)が成り立つのか、それは明らかにはなりきらない種類のダイナミズムを持った問いである。音楽をそうした部分でとらえていた自らへの、そして表向きには「かつての偉大な音楽」への憧れや願いを織り込んだきわめてエモーショナルな作品である。
橋元優歩