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Tropic Of Cancer

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Tropic Of Cancer

Restless Idylls

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野田 努   Oct 24,2013 UP

 平日の深夜、いったい何が起きたのだろう、僕は都内のゲイバーに橋元といた。壁には四谷シモンと金子國義の絵が見える、反対側には、そのバーを訪れた世界中のクイーンが残していった紙幣が貼り付けられている。テーブルには『ベニスの死す』のサントラと演歌のCD……。外見は男性だが内面は女性のママさんは、グラスを傾けながら、我々に向かって、パリのモンマルトルのことを話した。ボヘミアニズムの大いなる故郷に生きる娼婦や男娼たちの話だ。
 『北回帰線』(1934年)、原題「Tropic Of Cancer」は、ヘンリ・ミラーのもっとも有名な小説だが、僕はまだ読んだことがない。が、もっとも有名な小説なので、それがパリで書かれた退廃的で淫靡で性的な内容をもっていることは知っている。貧困と放蕩とセックス三昧は、ある意味では古典的なロマンティシズムに思えるが、トロピック・オブ・キャンサーの、「アイ・フィール・ナッシング(私は何も感じない)EP」に続く『レストレス・アイディル(不穏な田園生活)』なるデビュー・アルバムは、いままさにその名の由来への忠誠を示すかのように、暗いロマンティシズムをぶちまける。
 ゴシック/インダストリアルの拠点として一貫した美学を貫いているロンドンの〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック(BEB)〉は、今年、精力的なリリースを展開している。そのなかには元SPKのメンバーでもあった、ラストモード名義で知られるブライアン・ウィリアムズのアルバム『ザ・ワード・アズ・パワー』も含まれている。屠殺場でのフィールド・レコーディングとチベットの呪文とのおぞましい混合や聴覚を脅かすような低周波数の実験で知られるダーク・アンビエントの先駆者だが、彼のような過剰だった先人が〈BEB〉のようなクラブ系のレーベルから作品を出すことは個人的には面白いと思う。
 まあ何にせよ、〈BEB〉は、もっとも暗い、もっとも悲観的な思いに陶酔しきっているのだ。さあ、この暗さを楽しもう。そんなレーベル側の思いが伝わってくる。トロピック・オブ・キャンサーはロサンジェルスだが、レイムと並んでレーベルにの顔でもあるので、これは待望の1枚目なのである。

 音的なことを言えば、これはニュー・インダストリアル時代のジョイ・ディヴィジョンに喩えられるかもしれない。もともと〈ダウンワーズ〉という老舗のテクノ・レーベルから作品を出しているのでエレクトロニックな要素はある。電子ドラムはクラウトロックの系譜で、淡々とリズムを反復する。ギターは美しい旋律を爪弾き、歌は深いエフェクトのなかで霧となって消えていく。なるほど、ジョイ・ディヴィジョンとコクトー・ツインズを目一杯スクリューしたようなこの感覚は、古典的な暗いロマンティシズムを新鮮なものにする。レイムほどの斬新さはないが、メロディは悪くはない。ハウスのハッピーなノリへの反発心の表れだとしても、クラブ・カルチャーを通過している分、解放感があっていい。ヘンリ・ミラーからの引用も、何か仰々しい思いがあるようには感じないけれど、訴えたい感情はあるはず。さもなければ、真のクラブ・カルチャーたるもの、どうせイクならここまでイケということか。しかし、夜更かした翌朝は、本気でつらいから困ったものである。

野田 努