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Ken'ichi Itoi a.k.a. PsysEx

ElectronicNoise

Ken'ichi Itoi a.k.a. PsysEx

Apex

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デンシノオト   Apr 07,2015 UP

 「ノイズ」はときに誤用され、ある錯乱を経由し、そして最終的には、いくつかの形式を希求する(ここでいう「ノイズ」とはいわゆるノイズ・ミュージックではなく、音のエレメントを意味する)。その形式のひとつに録音がある。録音されることによってノイズは形式を与えられる。与えられた形式は構造と構成を求めるだろう。結果、ノイズは音楽になる。何気なく録音された環境音でも、録音という行為によって切り取られたとき構造を獲得してしまう。そして音が構造を獲得したとき、音楽の萌芽が生まれる。たしかに録音というテクノロジーは、そもそも音楽的用途のためだけではなく、音を記録するという実務の意味も大きいが、しかし音に構造を「与えてしまう」という意味で、そもそも音楽的なツールとすらいえるはずだ。
 そして構造とはリズムである。たとえば4分33秒の環境録音をループすると4分33秒ごとのリズムが生まれる。その人為的なリズムの狭間に、偶然によって作用したリズムを、録音はより際立たせることになる。
 さらに録音とはメディアだ。メディアは拡張する。レコード、テープ、データと20世紀は録音メディアの拡張の時代でもある。拡張されたメディアはそのまま音楽制作にも影響を与えてきた。テープ編集からコンピューターHD内のエディットへ。音の操作が極度に上がり、それに伴い情報量も格段に増えた。ロック、テクノ、エレクトロニカ。そう、電気の音楽たちの系譜。音の層と運動性は人為的な演奏力を超え、ノイズの運動として人の聴覚を錯乱・拡張する。ジミ・ヘンドリックスのギター、坂本龍一のシンセサイザー、カールステン・ニコライのコンピューターなどのように。

 いま、ノイズとメディアの拡張の歴史である電気/電子音楽の系譜に一枚のアルバムが加わる。糸魚健一=サイセクスの3年ぶりのニューアルバム『アペックス(Apex)』である。
 糸魚健一は京都の老舗電子音楽レーベル〈シュライン・ドット・ジェイピー〉の主宰だ。彼はコンポジションからエンジニアリングのすべてを手掛け、サウンドによる哲学を導きだし、そこから現代性へと鋭く切り込んでくる音楽家でもある。本作もまた先に書いたノイズの問題、メディアの問題をまさに現代的な方法論で追及している。このアルバムは00年代エレクトロニカの最良の成果の発展と、2010年代の現在において電子音楽全般に欠けているものの補完が見事になされているのだ。電子ノイズ=グリッチの柔らかな活用とファンクネスの導入である。そして、そこから導き出される音響/サウンドの追求である。

 EDMが普及して以降、大衆的なポップ・ミュージック・フィールドの電子音楽は、さらに音圧重視となった。強烈な音響で一瞬にして聴覚をアディクトさせること。この音圧重視の風潮は必ずしも大衆的とはいえないエレクトロニカや電子音響にも影響を与えているように思える。だが本当のところ、この種の音楽にとって重要な点は音量によってアディクトだったのか。そうではなく音響の運動と質が重要だったのではないか。そして、音の運動にはそれが必要する質感があるはずだ。
 この『アペックス』の音は、ドーピング的なアディクト性よりも、むしろビートやリズムから導き出された(必要とされる)中域や低域の豊かさを重視しているように思える。それが電子音響/エレクトロニカにおけるファンク/ファンクネスの導入だ。ファンク・ミュージックでは中域から低域の震動が重視される。電子音楽の高音重視とは反対の志向性である。それは本作でも同様だ。私など、そこにこそ糸魚の明確な意図(現状へのアゲインスト?)を感じるのだ。その意味で〈ラスター・ノートン〉からリリースされたアオキ・タカマサの『RV8』と並べて語られるべき作品かも知れない。
 さらには、細やかにレイヤーされるグリッチは、時にまさにエラーのような大胆さで聴覚を刺激する。グリッチとはエラーを誤用することである(また、瀟洒な和声感のレイヤーも素晴らしい。このミニマルなコード感にもザスライ&ザ・ファミリー・ストーンなどファンク・ミュージックの遺伝子を感じてしまう)。

 音響的快楽を過剰に提供するのではなくて、構造と和声とノイズという「形式と逸脱=リズム/誤差」の拮抗によってサウンドの構築をすること。音響へのアディクションだけではなく、「音楽を聴く」という心理状態に聴き手を持っていくこと。本作において、そのような二つの作曲行為が行われているのだ。00年代のエレクトロニカは、主に和声を排し、高音域を中心とした耳の快楽を追求されてきたものだが、本作では低域の豊かな響きの獲得と(または透明でミニマルコード感の追求)、刺激的なグリッチ・ノイズが見事に交錯されているのだ。また、かつてのフォークトロニカや一部のポストクラシカルのように安易な音楽へと反動的回帰をするのではなく、マシニックなミニマルさを徹底的に追求=基調としながらも、身体と心に効いてくるフィジカルな電子音楽作品に仕上がっているのである。この深いグルーヴ感覚。ダンス・ミュージックとしての機能性も絶大だ(その意味で本作はテクノである)。

 本作はメディアの問題も批評的かつ越境的に思考をしている。この『アペックス』は、CD、アナログ、カセット、i-Tunesとメディアを横断する形でのリリースがされる。つまりメディアの拡張実験が行われているのだ。先に書いたようにメディア=媒体の特性によって、音は変化を要求される。『アペックス』プロジェクトにおいては、その問題を見越すかのように、CD、アナログ、カセットとアレンジを変えてリリースされる。しかもアナログはプレス枚数が限定27部という超小部数という。だが、これはいたずらにレア感を狙うものではない。そうではなく複製媒体のリミテッド性(限定性)アート性とも関わってくる状況設定ではないかと思う。
 複製芸術作品としての存在感を高める上で、津田翔平(http://shoheitsuda.net/)によるアートワークも重要なエレメントだ。本作のヴィジュアルは視覚の誤差を利用し、平衡感覚を狂わし、知覚に作用するソリッドなイメージとなっている。これもまた「形式と逸脱=リズム/誤差」といえよう。
 それにしても〈シュライン・ドット・ジェイピー〉は、i-Tunes限定の月刊連続リリース、ショータ・ヒラマの4枚組ボックスセット『サーフ』など、本年もメディア/形態の両極を揺さぶり続けている。ここからも同レーベルが20世紀の録音メディア、複製作品のリリースという問題に鋭く切り込んでいっているのが理解できるだろう。

 メディア、ノイズ、ヴィジュアル、それらの形式と状況と錯乱を駆使した2015年のテクノロジカル・ニュージック。現在最先端の電子音楽を聴きたい方ならば、まさに絶対必聴のアルバムである。

デンシノオト