Home > Reviews > Album Reviews > Shye Ben-tzur, Jonny Greenwood And The Rajasthan Express- Junun
レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドがインド音楽、というと奇異に感じる人が多いのではないだろうか。でも、イギリスとインド音楽の関係にはじつは根深いものがある。そもそもインドは1947年に独立するまで長らくイギリスの植民地にあり、イギリスにはインド系移民が多い。イギリスのジャズ界にはジャマイカ系のミュージシャンがいるが、同じくインド系のミュージシャンも活躍してきた。1960年代に遡ると、ジャマイカ出身のジョー・ハリオットと「インド・ジャズ・フュージョンズ」という双頭ユニットを組んだヴァイオリン奏者のジョン・メイヤー、彼らとも共演するギタリストのアマンシオ・ダシルヴァがインド系では知られるところだ。1990年代半ばにはクラブ・ミュージック・シーンでもインド・ブームが起こり、タルヴィン・シン、ニティン・ソウニー、バッドマーシュ&シュリといったアーティストが登場してきた(彼らの場合、アジア全体を含めてUKエイジャンと目された)。フォー・テットのキーラン・ヘブデンもインドの血を引くし、もっと広げればスリランカ系のM.I.A.、両親がペルシャとインドのハーフだったフレディ・マーキュリーにも行き当たる。そして音楽に限らずインド文化やコミュニティが根付くおかげで、白人の中にもインド音楽に影響を受けるアーティストがいる。ジョン・マクラフリンはシャクティというインド人ミュージシャンを集めたユニットを結成し、ピーター・ガブリエルもワールド・ミュージックの範疇でインドやパキスタン系アーティストを紹介してきた。1960年代はジャズ界、ロック界含め全世界的にインド音楽のブームが訪れたのだが、そうした流れの中でビートルズ、レッド・ツェッペリン、ペンタングルのジョン・レンボーンなどがインド音楽を取り入れた代表格だ。
こうして見ていくと、ジョニー・グリーンウッドの本作『ジュヌン』も決して突拍子のない作品ではない。本作が生まれたきっかけは、グリーンウッドがシャイ・ベンツルのライヴを観て感銘を受けたことにある。シャイ・ベンツルはインドとイスラエルを中心に活動するイスラエル人の作曲家で、本作の制作はインドのラジャスタンで行われた。コラボという体裁のアルバムだが、主要なスコアはベンツルが書き、それをインドの演奏家たちによるラジャスタン・エクスプレスが演奏している。ラジャスタン・エクスプレスにはシンガーたちがいて、普段は寺院で経典を歌っているそうだ。ほかのミュージシャンもイスラム教徒のコミュニティに属し、マハラジャやラジャスタンで宮廷音楽を演奏している。今回のレコーディングはそんな宮殿の一室で行われた。こうした中でグリーンウッドはギターの演奏と歌もとるが、それよりも編集作業を含めた制作全般という立場で参加している(プロデュースはナイジェル・ゴッドリッチが行う)。だから、楽曲や演奏そのものはインドの伝統音楽をなぞっており、インド音楽特有の音階やリズムに基づいている。グリーンウッドはそこで西欧のロック的なハーモニーやコード感を強要することはなく、シンガーたちも英語ではなく、ヒンディー語、ヘブライ語、ウルドゥー語を用いている。
インド音楽を尊重し、そのスケールに則ったアルバムというのが『ジュヌン』の基本だ。和声と最小限の楽器演奏による宮廷音楽風の“エロア”や“アフヴィ”“アゾヴ”がその象徴で、ここでは極力余計なギミックを用いていない。もちろん宮廷音楽だけではなく、“ジュヌン・ブラス”や“ジュラス”“モーデ”のブラス・アンサンブルは英国植民地時代の軍隊のブラス・バンドの名残りからくるように、インド音楽とイギリス音楽の融合も見られる。そして、表題曲はインドのリズムをジャズ・ロック風に解釈したような作品で、“ロケッド”ではフォー・テットのようなハウス調の打ち込みのビートを取り入れ、そこにエフェクティヴな加工を施したりと、グリーンウッドのアイデアも生かされている。グリーンウッドはミュージシャンたちの演奏をじっくり聴き、その中でベストなものを使い、みなのアイデアと自分のアイデアを取り混ぜていった。アンビエントな出だしから幻想的でサイケデリックな世界が広がる“カランダー”がそうした融合の成果で、フォークロアな3拍子の“アラー・エローヒム”はレディオヘッドとインド音楽を結ぶような作品である。イギリスにはジャイルス・ピーターソンのキューバ音楽企画のハバナ・カルチュラ、ブラジル音楽企画のソンゼイラ、英国とケニアの音楽交流企画のオウニー・シゴマ・バンド、デーモン・アルバーンがマリの音楽家と組んだマリ・ミュージック、コンゴ救済プロジェクトのDRCミュージックなど、民族音楽に取り組んだプロジェクトが多い。本作もそうした企画と同列に並べられる作品と言えるだろう。
小川充