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Secret Boyfriend

AmbientPsychedelic

Secret Boyfriend

Memorize them Well

Blackest Ever Black

Tower Amazon

デンシノオト   Apr 11,2016 UP

 シークレット・ボーイフレンドは、〈ホット・リリース〉〈アイ・ジャスト・ライヴ・ヒア〉などから多数のカセット作品をリリースしてきたノースカロライナの異邦人、ライアン・マーティンのソロ・プロジェクトである。
 今年2016年に発表された彼の新作は、レイム、トロピック・オブ・キャンサーなどのリリースで知られるUKの〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉からのリリースで、同レーベルからは2014年の『ディス・イズ・オールウェイズ・ホエア・ユーブ・リブド』以来、2年ぶりのアルバムとなる。聴いてみて驚いた。新作『メモライズ・ゼム・ウェル』は、彼のボヘミアン的美意識が、旅人の記憶のような淡い音像の中に、これまで以上に自然に融解/結晶しており、まさに最高傑作といっても過言でない作品であったのだ。ダーク・アンビエント、シューゲイザー、サイケデリック、ニューウェイヴなどの音楽的なエレメントが、柔らかく霞んだ音響の中に、見事に溶け合っている。

 レーベルは本作のことを「孤立するマシン・ミュージック」と評しているが、まさに言い得て妙である。コンピューターではなく、マシン=機械であること。そして孤立とはライアン・マーティン自身のことでもあるのだろう。たしかに本作には、これまでのライアン・マーティン=シークレット・ボーイフレンドの作品に内包されていた「旅人の孤独さ」のような雰囲気、つまりは自ら進んで故郷から離れながらも記憶の中でかつて観ていた風景を希求しているようなノスタルジアが濃厚に漂っている。
 
 たとえば、どこか最近のマウリツィオ・ビアンキを思わせもするノイズ・アンビエント・トラック“ザ・シンギング・バイル”などは、まさにそのような曲だ。機械。光景。記憶、追憶。不可能。その交錯と融解。もしくは〈モダン・ラブ〉からリリースされたザ・ストレンジャーのような孤独な都市生活者のサウンドトラックとしてのインダストリアル/アンビエントとでもいうべきだろうか。その暗く霞んだ音の中で、夕暮れから夜の光景を想起させるようなノン・ビートのアンビエント曲が展開するのだ。

 また、ライアン・マーティン=シークレット・ボーイフレンドの音楽は、ダーク・アンビエントとサイケデリックでフォーキーなヴォーカル曲に分けることが可能だが、本作においては、ヴォーカル曲とダークなアンビエントサウンドは境界線を喪失するように共存している点も特徴的である。とくに“リトル・ジェミー・セントル”は、当初は簡素なリズム・トラックが入ったアンビエント・テクノイズなトラックとして展開するが、終盤近く、溶け合う記憶の層に侵食するかのように幽玄なヴォーカルが入ってくるのだ。この不意を突くような構成がじつに見事。また“ストリッピング・アット・ザ・ネイル(Stripping At The Nail)”は、壊れたスロウダイヴを思わせるシューゲイズな雰囲気が濃厚な曲で、どこか狂気の淵に佇むような印象を残サイケデリック・フォークな楽曲に仕上がっている。

 そして、アルバム中、もっとも深いノスタルジアの芳香を放つ楽曲は“ピアン・デッレ・パルム”だろう。16世紀の教会音楽を思わせる多声的な音響空間に、モノクロームでメタリックな音が微かな旋律を奏でる。いくつもの音の層はやがて溶け合い、ダーク・アンビエント/ドローンへと変化を遂げていくわけだが、それはまるで失われてしまった故郷への消えかけた追憶のように耳に浸透していくだろう。そして遠くの踏み切りを通り過ぎる列車を思わせる音の反復を残して、この曲は終わりを迎える。そのもの悲しさは、本作のムードを決定付けている大切な要素であり、アルバム最終曲“メモライズ・ゼム・ウェルl”においては、よりドラマチックに展開されていくだろう。

 そう、どの曲も簡単には癒されないほどの深い「孤独さ」が息づいているのだ。霧の中に降り注ぐ星空のようなネオ・サイケデリック/ネオ・ニューウェイヴとでも称したい本作は、このポスト・インターネット時代において、特異なほどに心を強く揺さぶるような孤高のノスタルジアを生成しているように感じられたのだ。ここには初期〈クレプスキュール〉のようなヨーロッパ審美主義的なものを小さな記憶に封じ込めていくようなアトモスフィアがある。

 まさに21世紀における孤立主義とロマン主義的電子音楽。もしくは霞んだテープ録音によるフランツ・シューベルト的なボヘミアニズムか。または初期ル・クレジオ的な物質的恍惚か。その不安定な音の揺れは、世界が不穏に揺れ動く時代を生きる、われわれの「実存」そのものだろうか。ライアン・マーティンの音楽は、不安で、不穏で、曖昧で、しかし、だからこそ美しい。2016年だからこそ聴いておきたいアルバムである。

デンシノオト