Home > Reviews > Album Reviews > ばぶちゃん- ばぶらんど
ばぶちゃんは謎のアーティストだ。
発言は赤ちゃんことば。表記はひらがなに統一され、Twitterでは「だぁだ」や「ばぶばぶ」などのつぶやきで埋め尽くされている。『初音ミク10周年--ボーカロイド音楽の深化と拡張』に掲載されている対談での発言の数々を読んでいただければ、その異質さをしかと感じられるだろう。
ばぶちゃんが活動しはじめたのは2011年初頭からだ。今でこそ主に初音ミクなどのボーカロイドを用いた作品を公開しているが、活動初期にSoundCloudに投稿された作品はインストが中心だった。ピアノやノイズ、赤ちゃんの泣き声などをいびつに組み合わせ、非現実的で夢うつつな風景を描いている。“ままがやさしくつつみこんでくれるでちゅ”や“ぱぱがしらないばしょにつれてってくれたでちゅ”などは最たる例で、いずれも不安感を煽ってくる作品だ。
それからまもなくして、初音ミクがヴォーカルとして歌う作品を公開。初期の作品を集めた1stアルバム『はじまりのおわり』は退廃的な美しさをもつエレクトロニカ、ノイズ・ミュージックが主体となっており、初音ミクの無垢な歌声が強烈に印象を残している。
続く2ndアルバム『おわりのはじまり』は、『はじまりのおわり』と対の作品となっているのか、一変して狂気的で残酷な作風になっている。これまでのノイズやピアノを軸としたエレクトロニカは存在しつつも、ダブやブレイクコアなど攻撃的な音がおそってくる。初音ミクの歌声も強烈に歪み、異常な音となって耳に入り込んでくる。『はじまりのおわり』が心地よい夢だとすれば、『おわりのはじまり』は悪夢といった趣きだ。
ばぶちゃんは夢や悪夢のような壮大な空間を描いているが、夢であるが故に閉鎖的でもある。そしてばぶちゃんは夢を通して、悲しんだり、怒ったり、絶望したりしている人たちと対話し、癒やそうとしているのだ。
そして、そうした夢を集めて作ったものが最新アルバムの『Babuland』で描かれている。テーマとしているのは遊園地だ。上記の1stと2ndに加えて病気をテーマにした3rdアルバム『みんなのびょうき』は夢を通して対話する、癒やすという個人に向けた作品であるため、場所を挙げるとするならばベッドが適当であろう。そうした3作とは打って変わって、本作では遊園地という大勢の人が集まる場所を挙げている。夢を通してばぶちゃんの世界へ遊びに行く、そしてばぶちゃんは夢を通して癒やすという関係は変わらないが、遊園地という場所にすることで第3者の存在を匂わせている。対象が個人からマスへと変化したためか、本作はポップな曲も多い。“ばぶらんど”や“ばぶぱれーど”は園内のショーでも流れていそうなメロディだ。だがポップといってもノイズや強烈なダブを入れたり、不気味で狂気的な表現がもちろん混在しているところは揺るがない。
また、遊園地のキャストのように、今作でははじめて客演を迎えている。Miliのmomocashewは園内アナウンスを担当し、“ブロークン・トイ・マニア”ではきくおの“物をぱらぱら壊す”のフレーズを引用している。トラップのビートを敷いたATOLSとの“死ニ願イヲ”や廻転楕円体との“糞ったれた世界”など、交流の深い人たちも参加しており、来園者を楽しませるために強力な陣を敷いているのも注目したい。
ばぶちゃんは本作のリリースを皮切りに全国でライヴ・ツアーを開催している。これまで表に出ることは少なかったが、『Babuland』の影響もあり露出が増えている。しかしながら、いまだに正体は明かされていない。だが謎な存在・赤ちゃんだからこそ、色眼鏡なしに作品と向き合えるのかもしれない。
しま