Home > Reviews > Album Reviews > Yaeji- EP 2
2017年も世界中のエレクトロニック・ミュージック・シーンを熱心に追いかけたが、なかでも注目していたのは、現在24歳のイェジというアーティストだ。
韓国人の両親を持つ彼女は、ニューヨークで生まれた。その後はアトランタ、韓国、日本とさまざまな土地を巡り、現在はニューヨークに戻って音楽活動をしている。筆者が彼女を知ったのは、いまから約1年半前のこと。ニューヨークのDJ集団ディスクウーマンのサイトに、彼女のDJミックスがアップされていたのだ。さっそく再生ボタンをクリックすると、肉感的なハウス・ミュージックのビートが聞こえてきた。巧みに起伏を作りあげるDJスキルが際立ち、時折アシッディーなサウンドを混ぜるなど、飛び道具の使い方も上手い。これは良いDJだ! と思ったのをいまでも鮮明に覚えている。この才能を世界中の早耳リスナーが見逃すはずもなく、彼女はすぐさま引っ張りだこになった。ボイラールームやリンスFMというクラブ寄りのコレクティヴだけでなく、『ピッチフォーク』といったインディ・ロック寄りのメディアも取りあげたりと、幅広い層から支持されている。
もちろん、音楽制作でも才能を発揮している。それが広く知れわたるキッカケは、現代社会へのプロテストをテーマにしたコンピレーション『Physically Sick』だった。このコンピには、アムファング、パーソン・オブ・インタレスト、シャイボイといった名の知れたアーティストも参加していたが、そのなかでも彼女が提供した“Feel It Out”は埋もれなかった。自らのウィスパー・ヴォイスを活かした中毒性たっぷりなグルーヴと、〈Underground Quality〉周辺のディープ・ハウスを想起させる妖艶なサウンドスケープは、その他大勢から抜けだすための眩い輝きを見せつけていた。
いまでは、彼女の作品がリリースされるたびに、そのことを多くのメディアが報じるようになった。〈Godmode〉から出たファーストEP「Yaeji」をはじめ、サウンドクラウドで公開されたドレイク“Passionfruit”のリワークなど、バズった作品はいくつもある。
そんな熱狂のなか、彼女は2枚目のEP「EP2」を発表した。全5曲入りの本作は、“Passionfruit”のリワークを収録するなど、「Yaeji」以降の流れを受け継ぐ内容だ。音数を絞ったミニマルなディープ・ハウスが基調にあり、そこに彼女のヴォーカルが乗るというスタイルを深化させている。とりわけ印象的なのは“Raingurl”だ。艶かしいハウス・ビートに、いくつもの声が交わっていく高揚感は、どこか情事を思わせるものがある。本作以前から“Untitled”としてDJでプレイすることが多かった曲であり、そういう意味では待望の収録と言える。
本作中もっとも異質という点でいえば、“Drink I'm Sippin On”も見逃せない。この曲で彼女は、トラップやベース・ミュージックのエッセンスを取り入れているのだ。英語と韓国語が用いられた歌詞は内省的な雰囲気を醸し、それに呼応するサウンドもいつも以上にディープな空気を創出する。多くの人が驚く変化とも言えそうだが、今年10月にボイラールームで披露したDJでは、ザ・バグ“Jah War (Loefah Remix)”をプレイするなど、もともとベース・ミュージックを好む傾向があった。そう考えると、流行りを意識した付け焼き刃的なものではなく、彼女の嗜好が反映された自然な流れの結果として、“Drink I'm Sippin On”は生まれたと言っていい。
彼女の音楽には、ミスター・フィンガーズやムーヴ・Dといったハウスの歴史を感じさせる瞬間もあれば、〈100%Silk〉以降のインディ・ダンスに通じるメロディアスな側面もある。また、ドリーミーな雰囲気にはチルウェイヴの残滓を見い出すこともできるだろう。こうした多角的な解釈を可能とするサウンドが彼女の持ち味だ。
そのサウンドと同様、彼女の周りに集う人たちも多様性で溢れている。先述のディスクウーマンを筆頭に、〈Godmode〉はパンクやノイズを中心に扱っていたレーベルだし、韓国のエレクトロニック・ミュージック・シーンで注目を集めるクリーク・レコードも彼女と交流がある。これらの人たちを繋ぎ、ひとつの流れとして捉えたい者たちは、彼女の活動から目を離さないほうがいい。
近藤真弥