Home > Reviews > Album Reviews > Abstract Orchestra- Madvillain Vol. 1
クラブ・ミュージックをジャズの生演奏でカヴァーするという手法は昔からあり、成功例では4ヒーロー、ゴールディー、ソウルIIソウルなどをカヴァーしたリ・ジャズとか、デリック・メイ、ラリー・ハード、マスターズ・アット・ワーク(ニューヨリカン・ソウル)などをカヴァーしたクリスチャン・プロマーのドラムレッスンなどが思い浮かぶ。どちらも2000年代のクラブ・ジャズ全盛期のユニットで、カヴァーしているのはハウス、テクノ、ドラムンベースなど当時の主流だったクラブ・サウンドだが、一方ヒップホップのアーティストによるジャズ的アプローチが目覚ましかったのもこの頃で、その筆頭がマッドリブことオーティス・ジャクソン・ジュニアだろう。彼が2000年代初頭にやっていたイエスタデイズ・ニュー・クインテットは、架空のバンドという設定(実際は一人多重録音による生演奏)で昔のジャズやジャズ・ファンクなどをカヴァーし、最終的にそこへヒップホップのビート感を注入することにより、ヒップホップ・ファンからもクラブ・ジャズ・ファンからも支持を得た。マッドリブは1960~70年代のヴィンテージ感溢れるジャズ演奏を意図的に再現しており、こうしたマッドリブによるジャズとヒップホップを繋ぐアプローチを経て、その後カルロス・ニーニョとミゲル・アトウッド・ファーガソンによるJディラ・トリビュート『スィート・フォー・マ・デュークス』(2009年)とか、スラム・ヴィレッジのエルザイがジャズ・バンドのウィル・セッションズと組んだナズのカヴァー・アルバム『エルマティック』(2011年)などが生まれてきた。アブストラクト・オーケストラの『マッドヴィレイン・ヴォリューム・1』は、そんなマッドリブをジャズ・サイドからカヴァーしたものだ。
アブストラクト・オーケストラはイギリスのリーズを拠点とするビッグ・バンドである。リーダーはロブ・ミッチェルというサックス奏者で、彼は2000年代から活動するファンク・バンドのハギス・ホーンズのメンバーでもあり、サブモーション・オーケストラのアルバムにも客演したことがある。他にハギス・ホーンズのメンバーが加わるほか、ジャズ、ソウル、ファンクなどのセッション・ミュージシャンが総勢20名近く参加する。デビューは2017年で、その名も『ディラ』というアルバムは全編に渡ってJディラの作品(スラム・ヴィレッジやドゥウェレなど彼がプロデュースしたものも含む)をカヴァーするほか、“ディラ・ミックス”というメドレー・スタイルのナンバーもやっていた。それまでもJディラをカヴァーした作品はいろいろあったが、ビッグ・バンドによるジャズ・ファンク・スタイルでのカヴァーということで、とりわけジャズ・ファンの間で大きな話題となった。ロバート・グラスパーらの活躍を介してJディラはジャズ・ファンの間にも認識される存在だが、アブストラクト・オーケストラの演奏はグラスパーなど現在のジャズ・ミュージシャン的なものとは違い、むしろマッドリブのように1960~70年代の空気感や雰囲気を感じさせる、ある意味でレトロなもの。すなわちイエスタデイズ・ニュー・クインテットをビッグ・バンドへ拡大したのがアブストラクト・オーケストラとも言えるだろう。
その『ディラ』に続く新作が『マッドヴィレイン・ヴォリューム・1』で、今回はマッドリブがMFドゥームと組んだマッドヴィレインのアルバム『マッドヴィレイニー』(2004年)収録曲をリメイクしている。『ディラ』の中でもJディラとマッドリブによるジェイリブのカヴァーもやっていて、今回はマッドリブ方面からのアプローチとなる。基本的にはインスト演奏によるカヴァーで、MFドゥームの代わりに一部に女性コーラスが入るという構成。『ディラ』での“ディラ・ミックス”同様に“マッドミックス”というメドレー曲もある。『マッドヴィレイニー』でマッドリブは豊富な音楽知識を駆使し、ジャズ、ヒップホップ、ソウル、ファンク、ディスコ、サントラなどいろいろなところからネタを引っ張ってきてサンプリングしていたが、アブストラクト・オーケストラはその元ネタとなった原曲も導き出す形で再現する。“アコーディオン”はデイダラスの“エクスペリエンス”という曲中のアコーディオン・フレーズが元となっているが、アブストラクト・オーケストラはそれをうまくホーン・アンサンブルでアレンジしている。マッドリブはブラジル音楽もいち早く取り入れたプロデューサーで、マルコス・ヴァーリ作曲によるオズマール・ミリート&クアルテート・フォルマの“アメリカ・ラティーナ”を“レイン”でサンプリングしていたが、その原曲とマッドヴィレインでのサンプリング・パートのふたつを踏まえたものがアブストラクト・オーケストラの演奏となっている。もちろん単なる原曲のコピーではなく、そこに自身の即興やアレンジを加えた演奏となっているので、元ネタを通過した上でのクリエイティヴィティも発揮されている。生演奏をサンプリングで解体・加工して新たな曲を作り、それをさらに生で演奏し直すという二重に張り巡らされた引用が『マッドヴィレイン・ヴォリューム・1』にはあり、ジャズのカヴァー演奏においてもっとも重要なアレンジ・センスを見せてくれる作品集となっている。
小川充