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木津毅 Dec 06,2019 UP
一聴するとよくできたフォーク・ロック・アルバム。だが注意深く聴けば、複雑で、ニュアンスに富み、こまやかなダイナミズムに満ちたロック・ミュージックだ。ヴァンパイア・ウィークエンドやボン・イヴェールのアルバムに象徴されるように(インディ・)ロックのフィールドで「バンド」なるものが解体されつつある現在、しかし、ビッグ・シーフはバンド・ミュージックというものの可能性にそれでも懸けているようだ。4人の人間が集まってできたタイトな関係性によってのみ生まれるものがあることを、今年彼女らがリリースした見事な2枚──『U.F.O.F.』と『Two Hands』のジャケットは差し出している。
まずビッグ・シーフの魅力とは何かと問われれば、多くのひとがバンドのソングライターでシンガーであるエイドリアン・レンカーの声と歌にあると答えるだろう。憂いと艶やかさを併せ持った声による、不安定な呼吸や発話そのものがドラマを紡いでいくような歌。それは〈サドル・クリーク〉からリリースされたバンドの初期2作だけでなく、昨年リリースされたレンカーのソロ作『abysskiss』でも存分に堪能することができる。だが、ソロとバンドを比べてみたときに、彼女の歌の魅力、その生々しさは、むしろ後者で発揮されているように思える。『abysskiss』に収録されている“From”と“Terminal Paradise”の2曲は『U.F.O.F.』でバンド・アンサンブルによって再録されているが、そこでレンカーの声は予想外に乱れ、かと思えば透明度を増すように広がっていく。柔らかな響きで繰り返されるギター・アルペジオがそこに寄り添う。
名門〈4AD〉に移籍しバンドにとってそれぞれ3作め、4作めとなった『U.F.O.F.』『Two Hands』は双子作で、どちらもドム・モンクスがエンジニア、アンドリュー・サーロがプロデューサーとして関わっているし、また同時期に作られた楽曲も多いという。しかしながら音や主題は少し異なる。『U.F.O.F.』はワシントンの森のなかに、『Two Hands』はテキサスの砂漠のなかにあるスタジオでレコーディングされ、それぞれ「天」と「地」を示しているという。
演奏自体はワンテイクで録られたそうだが、『U.F.O.F.』は繊細な音響で聴かせるアルバムだ。翳りのあるギターの調べがサイケデリックなコーラスとドローン音に溶けていき、したたかに挿入されるサンプリングと戯れる“UFOF”。カントリーのフィーリングを持ったいなたいフォーク・ソングがエレクトロニカを思わせる音の粒に飲みこまれていく“Cattails”。えんえんと続く反復リズムのなかでリヴァーブが時間感覚を引き延ばす“Strange”。ニール・ヤングを思わせるフォーク・ロックが柔らかな響きのなかでまどろむ。それはまさに木々からこぼれ落ちる陽光のようで、たとえばキーの低い歌声で聴き手をディープなところへと連れていく“Betsy”に象徴されるように、レンカーの歌も非常に抽象的なフィーリングを喚起する。おそらく作品トータルとしての完成度が高いのは『U.F.O.F.』のほうだろう。
しかし2枚を通じてキラーとなる1曲は『Two Hands』の“Not”にちがいない。この曲を前にして、僕はここのところ「オルタナティヴ・ロックは老いつつある」と書いてきたことを後悔している。“Not”はまるで衒いのない、誰かの内側の奥深くから発せられることによって生まれた紛れもない「オルタナティヴ・ロック」であり……それはそもそも「老い」とか「若さ」とか、トレンドを持ち上げてはすぐに忘れ去るメディアの狂騒なんかに左右されない、いまどうしようもなく迸るエモーションとして鳴らされている。「Not」という否定を畳みかけていくこの曲のサード・ヴァース、「本当に求めているものではなく」と歌うレンカーの声がかすかに揺れれば、すぐにそれは爆発的なエネルギーとなる。90年代の「オルタナ」を遠景に幻視せずにはいられない“Forgotten Eyes”、シューゲイズの香りを纏ったノイズ・ロック・チューン“Shoulders”……弾き語りのフォーク・ソング群もまたたしかに奥ゆきを与えている『Two Hands』だが、よりダイレクトで削ぎ落としたサウンドを目指したという本作は驚くほど「ギター・ロック・バンド」のスリルに満ちている。
近年フォークが復権しつつあるのは、個々のアイデンティティが苛烈に問われた季節を経て、もう少し広範な意味での「時代の声」が求められるようになったからだと僕は考えている。しかしながらビッグ・シーフによるフォーク・ロックには、カルト集団から10代で抜けだしたという特殊な生い立ちを持つレンカーの「個」が強く反映されており、そういう意味でシンガーソングライター作に近い部分はたしかにある。「U.F.O.F.」とは「未知なる友」のことで、彼女にとって受け入れがたかった自分自身のコントロールできない部分を受け止めることを表しているという。それは彼女だけのものだ。ただ、バンドによってのみ実現される合奏で鳴らされ、聴き手にとって未知なる他者への恐怖を和らげるための内省という意味を持つとき、たしかに時代の音になりうると僕は思う。自分の立つ場所で、他者とアイデンティティを超えて融和すること──それはシンプルだが現代的なテーマで、わたしたちの大切な願いだ。
ビッグ・シーフのロック・ミュージックは明るさと暗さ、強さと弱さ、不安と安堵、烈しさと穏やかさ、囁きと叫び、はるか空の彼方と自分のふたつの手の間にあるどこかで揺れている。その、いまにも壊れそうなバランスのなかで輝く美しさが細部でこそ息を立てている。
木津毅