ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Whatever the Weather - Whatever the Weather II | ホワットエヴァー・ザ・ウェザー
  2. Aphex Twin ──エイフェックス・ツインがブランド「Supreme」のためのプレイリストを公開
  3. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第二回 ボブ・ディランは苦悩しない
  4. Oklou - choke enough | オーケールー
  5. new book ──牛尾憲輔の劇伴作曲家生活10周年を記念した1冊が刊行
  6. interview with Roomies Roomiesなる東京のネオ・ソウル・バンドを紹介する | ルーミーズ
  7. すべての門は開かれている――カンの物語
  8. Columns ♯12:ロバータ・フラックの歌  | Roberta Flack
  9. 別冊ele-king ゲーム音楽の最前線
  10. The Murder Capital - Blindness | ザ・マーダー・キャピタル
  11. R.I.P. Roy Ayers 追悼:ロイ・エアーズ
  12. Lawrence English - Even The Horizon Knows Its Bounds | ローレンス・イングリッシュ
  13. Whatever The Weather - Whatever The Weather  | ホワットエヴァー・ザ・ウェザー
  14. はじめての老い
  15. story of CAN ——『すべての門は開かれている——カンの物語』刊行のお知らせ
  16. interview with DARKSIDE (Nicolás Jaar) ニコラス・ジャー、3人組になったダークサイドの現在を語る
  17. interview with Loraine James 路上と夢想を往復する、「穏やかな対決」という名のアルバム  | ロレイン・ジェイムス、インタヴュー
  18. talking about Aphex Twin エイフェックス・ツイン対談 vol.2
  19. Columns ♯11:パンダ・ベアの新作を聴きながら、彼の功績を振り返ってみよう
  20. Whatever The Weather - @CIRCUS TOKYO | Loraine James、ワエヴァー・ザ・ウェザー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Ben Vida- Reducing The Tempo To Zero

Ben Vida

Drone

Ben Vida

Reducing The Tempo To Zero

Shelter Press

Bandcamp Spotify Amazon iTunes

デンシノオト   Feb 07,2020 UP

 ベン・ヴィーダは、シカゴのミニマル・アンサンブル・バンドとして有名なタウン・アンド・カントリーの元メンバーであり、バード・ショウ(Bird Show)名義で〈Kranky〉からアルバムをリリースしていた音楽家である。タウン・アンド・カントリーのアルバムは2006年にリリースされた『Up Above』、バード・ショウとしては2008年にリリースされた『Untitled LP』が、それぞれ現時点ではラストになっているが、ベン・ヴィーダ名義ではコラボレーション、ソロなど10年代以降もコンスタントにアルバムもリリースし続けていく(もっとも最初のソロは2000年の『Mpls.』である。とはいえベン・ヴィーダ名義でリリースが活発になるのは2010年の『Patchwork』、グレッグ・デイヴィスとの共作『Ben Vida, Greg Davis』からのこと)。〈PAN〉、〈Shelter Press〉、〈iDEAL Recordings〉などの著名なエクスペリメンタル・レーベルからアルバムをリリースし、マニアたちから密やかな(という言い方もおかしいが彼の作風からしてそういう方が合っているようにすら思えてしまう)注目を浴びた。
 加えて2010年には韓国においてグルーパーことリズ・ハリスとのライヴ、2013年にはニューヨークのブルックリンにあるイシュー・プロジェクト・ルーム(ISSUE Project Room)におけるタイヨンダイ・ブラクストン、サラ・マゲンハイマーらのプロジェクトなどのコラボレーションもおこなうなど、ライヴ活動も展開している。

 その彼が2019年に〈Shelter Press〉からUSBカード/データでリリースした4時間に及ぶドローン作品が、本作『Reducing The Tempo To Zero』である。この『Reducing The Tempo To Zero』には、全4曲各1時間のドローン・アンビエント・トラックが収録されている。4時間という途轍もない収録時間の『Reducing The Tempo To Zero』だが、その時間に怯む必要はない。長くじっくりと聴覚の遠近法を溶かすように聴き続けても良いし、カジュアルに、そのときの気分で聴きたい時間だけ聴いても良いだろう。どちらでも耳をリフレッシュしてくれるような効果を得ることができるはず。とにかく美しい音響作品なのだ。
 全4曲、サウンドのトーンは異なっている。聴き続けるとトーンの変化に聴覚が敏感になり、各曲における音響の微細な差異が明確に感じられるようになってくる。どの曲も、ひとつの持続ともうひとつの音が重なり、アンビエンスなオブジェのような音響空間を持っている。特に最終曲 “Reducing The Tempo To Zero (Part 4)” では、それまでのミニマムな音響を総括し拡張するようなドローンが1時間に渡って展開されており、息を呑むほどの美しさに圧倒された。これは本作のマスタリングを担当したステファン・マシューのアンビエント/ドローン作品にも共通するムードである。持続音の細やかな音のテクスチャーと時間意識の拡張だ。つまりはマシューに代表される00年代中期以降の現代ドローン/アンビエントの系譜を継承する作品の証ともいえよう。

 『Reducing The Tempo To Zero』は、ベン・ヴィーダのソロの系譜においても決定的な作品と私は考える。彼は2012年に〈PAN〉からリリースされた『Esstends-Esstends-Esstends』以降、鉱物的な響きによるミニマムな楽曲を突き詰めてきた。2016年に〈Shelter Press〉から発表された『Damaged Particulates』はその完成形といってもよいだろう。じじつ、それ以降、アルバム・リリースは途絶えた。2018年には〈iDEAL Recordings〉からマリナ・ローゼンフェルドとの共作『Feel Anything』をリリースしているが、次のソロ名義の発表に4年の月日を要したことは、ヴィーダが新たな音響作品を模索していた証左に思えてならないのだ。
 だがそのような長い時間こそ、彼には必要だったのではないかといまは思う。時間をかけること。時を経て変化するサウンドに耳を澄ますこと。時間が染みわたるように感じる瞬間が生まれること。持続する音響を聴き込むことで得られる無限からゼロへの時間の往復、そのような時の流れを音楽に求めること。
 すると『Reducing The Tempo To Zero』が、4時間もの時間を必要とするアンビエントだった理由もみえてくる。時間をかけて音/音響/音楽を聴き手の意識に、音の存在と変化のさまを浸透させるため、ではないか、と。かつて彼がメンバーだったタウン・アンド・カントリーもまたそのようなミニマムな室内音楽を展開していた。すべては反復と持続音の中に反復し、円環するのだ。それはもしかしたら、とても閉塞した世界かもしれない。だがしかし、ゼロと無限は両極であり同一のものでもある。ドローン音響音楽はそれを教えてくれる。

 時と音が反復し、反響し、交錯し、持続する。そうして長い持続の音響・音楽が生まれる。聴き手はその持続の時に、永遠でもあり、無でもある時間を意識する。本作『Reducing The Tempo To Zero』のアンビエント/ドローンには、そんな瞬間がそこかしこに鳴っていたのだ。まるでマーク・ロスコの絵画作品を前にしたときのように時が凍結するような感覚。『Reducing The Tempo To Zero』は、10年代の最後に現われた美しく、長大で、しかし優雅ですらある、現代ドローン・ミュージックの傑作である。

デンシノオト