ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  2. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  3. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  4. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  5. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  6. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  7. Brian Eno, Holger Czukay & J. Peter Schwalm ──ブライアン・イーノ、ホルガー・シューカイ、J・ペーター・シュヴァルムによるコラボ音源がCD化
  8. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  9. Jlin - Akoma | ジェイリン
  10. Beyoncé - Renaissance
  11. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  12. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  13. 『成功したオタク』 -
  14. Ben Frost - Scope Neglect | ベン・フロスト
  15. Mars89 ──自身のレーベル〈Nocturnal Technology〉を始動、最初のリリースはSeekersInternationalとのコラボ作
  16. HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS - きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか
  17. interview with Mount Kimbie ロック・バンドになったマウント・キンビーが踏み出す新たな一歩
  18. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  19. exclusive JEFF MILLS ✖︎ JUN TOGAWA 「スパイラルというものに僕は関心があるんです。地球が回っているように、太陽系も回っているし、銀河系も回っているし……」  | 対談:ジェフ・ミルズ × 戸川純「THE TRIP -Enter The Black Hole- 」
  20. 三田 格

Home >  Reviews >  Album Reviews > Dan Deacon- Mystic Familiar

Dan Deacon

ElectronicPop

Dan Deacon

Mystic Familiar

Domino / ビート

Tower HMV Amazon iTunes

木津毅   Feb 10,2020 UP

 10年前のことを思い出す。ブルックリン・シーンに象徴される快活な実験主義がポップとして実を結んだことの象徴がアニマル・コレクティヴの『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』(09)だったとして、同年ボルチモアからセカンド・アルバム『ブロムスト』(09)のリリースで注目されたダン・ディーコンはまさに、その「アニコレ的なるもの」に対する無邪気な反響だった。宅録から広がる夢想としてのサイケデリック・ポップ、手づくりのエレクトロニック・サウンドでえんえんと遊ぶ子どもたち。
 ただその後、アニマル・コレクティヴの逃避主義やチャイルディッシュな佇まいが社会のさらなる荒廃とブルックリン・シーンの霧散とともにインディ・シーンから後退していくなかで、彼(ら)の遊びはどこかでそれを謳歌する場所を見失ってしまっていたような印象がある。エイヴィ・テアのここ数年のソロ・アルバムとか実際に聴くとふつうに楽しめてしまうのだけれど、彼(ら)の一作一作が広く注目を集めていた00年代はいまから振り返ると、独特の熱に浮かされていたのだと思う。コ・ラがele-kingにボルチモアのエクスペリメンタルなシーンが収束したと語っていたのが2013年。ディーコンはコンセプト寄りの『America』(12)、より歌ものに近づいた『Gliss Riffer』(15)ときちんと個性を発揮する作品をリリースしていたものの、とくにその後インディ・ポップの前線から退いていたように思う。

 その間このギーク風情の青年が何をやっていたかというと、意外なことにいくつかの映画音楽の仕事と、ニューヨーク・シティ・バレエ団やボルチモア交響楽団とのコラボレーションだったという。子ども部屋で大量のコードを繋いでひたすら笑っているようなイメージがあるひとなので、エスタブリッシュされた「楽団」との共作というのは想像しにくい。子どもだっていつか部屋を出て、スーツを着た大人たちと仕事をしなければならないということか。が、ディーコンの5年ぶりとなる本作『ミスティック・ファミリアー』は、オーケストラの大人たちと仲良くなって、そのまま彼らを引き連れて子ども部屋に帰ったような微笑ましさがある。
 なにやらドリーミーにざわめく鍵盤が淡いムードを醸し、やがて落ち着いたオーケストラを導いてくるオープニング “Become A Moutain” のファンタジックさにスフィアン・スティーヴンスを連想したのは僕だけではないだろう。『ミスティック・ファミリアー』には、それぞれ重要な働きをしつつも00年代じつはそれほど混ざり合わなかったアニマル・コレクティヴ的なものとスフィアン・スティーヴンス的なものが出会い直すようなところがあり、彼らがたしかにIDMの実験(遊び)とアメリカ的マッチョイズムからの疎外感というところで繋がっていたことを再認識させてくれる。彼らは「弱さ」をべつの形で肯定しようとしていたのだと。そして、その次の世代であるディーコンはマッチョじゃない自分をいまも恥じていない。本作での彼の歌は初期の過剰なヴォイス・エフェクトからもっと素に近いものが多くなり、その上で、いつも以上に素朴に優しいメロディをなぞっていく。ハイテンポで無闇にアッパーな “Sat By A Tree” などは丸い身体を揺らしまくってエネルギーを爆発させるライヴでおなじみのディーコン節を思わせるが、こまやかな弦の使い方などで確実に洗練を覗かせる。組曲形式となっている “Arp” が本作の中核をなしており、マトモス的というか素っ頓狂なブレイクコア調というか、愉快なエレクトロニカ・ポップが5部にわたって展開される。けれどもそこに中盤で挿入されるフリーキーなサックス・ソロなどに、音楽家としてのディーコンの勉強の跡が刻まれている。オモチャ遊びの延長としてのIDMを、楽団から学んだことと交えて鳴らそうとする悪戯っぽさも。

 死体がウジに侵食されている映像にポップに弾けるメロディを被せた “Sat By A Tree” のヴィデオには死や、それに向かっていくものとしての加齢への不安が表れていて、チャイルディッシュな自分を音で示してきた彼もたしかに年を取るのだと気づかされる。もうすぐミッドライフ・クライシスだってやって来るような年齢だ。けれど、成熟を拒否することとそれでも成熟せずには生きていけない葛藤、そんなアンビヴァレントがここでは「楽しく」具現化されていて、それは00年代のエクスペリメンタル・ポップの子どもたちが遊び倒した果てに残したものであるはずだ。

木津毅