ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Black Country, New Road 脱退劇から一年、新生BCNRのドキュメント | ブラック・カントリー・ニュー・ロード (interviews)
  2. interview with Shuhei Kato (SADFRANK) これで伝わらなかったら嘘 | NOT WONKの加藤修平、日本語で歌うソロ・プロジェクトSADFRANKを始動 (interviews)
  3. 燻裕理 ──日本のアンダーグラウンド・ロックのリジェンドがソロ・アルバムを発表 (news)
  4. Alva Noto ──アルヴァ・ノトの新作『太陽の子』は演劇作品のための音楽集 (news)
  5. Tujiko Noriko - Crépuscule I & II | ツジコノリコ (review)
  6. Kassel Jaeger - Shifted In Dreams (review)
  7. JULY TREE ──渋谷に音楽をテーマとした小さなギャラリーがオープン、第一回目は石田昌隆の写真展 (news)
  8. Thomas Köner ──ポーターリックスの片割れによる名ダーク・アンビエント作がリイシュー (news)
  9. The Vision (Robert Hood) ──祝30周年、ロバート・フッド93年のハード・ミニマルな作品が〈トレゾー〉からリイシュー (news)
  10. Columns 「ハウスは、ディスコの復讐なんだよ」 ──フランキー・ナックルズの功績、そしてハウス・ミュージックは文化をいかに変えたか | R.I.P. Frankie Knuckles (columns)
  11. SAINT PEPSI - Hit Vibes | セイント・ペプシ (review)
  12. Pardans - Peak Happiness | パーダンス (review)
  13. interview with Sleaford Mods 賢くて笑える、つまり最悪だけど最高 | スリーフォード・モッズ、インタヴュー (interviews)
  14. interview with Genevieve Artadi 〈ブレインフィーダー〉イチ押しのシンガー・ソングライター | ジェネヴィーヴ・アルターディ (interviews)
  15. U.S. Girls - Bless This Mess | ミーガン・レミー (review)
  16. WE LOVE Hair Stylistics ──入院中の中原昌也を支援するコンピレーションがリリース、そうそうたる面子が集結 (news)
  17. Todd Terje ──ノルウェーからニューディスコの立役者、トッド・テリエがやってくる (news)
  18. interview with Black Country, New Road すべては新曲、新生ブラック・カントリー・ニュー・ロード (interviews)
  19. Matt Kivel × Satomimagae ──アコギで魅せるSSWマット・キヴェルの初来日公演、共演は東京のアンビエント・フォーク・シンガー、サトミマガエ (news)
  20. R.I.P. Wayne Shorter 追悼:ウェイン・ショーター (news)

Home >  Reviews >  Album Reviews > Isayahh Wuddha- urban brew

Isayahh Wuddha

Indie PopLo-Fi Indie Funk

Isayahh Wuddha

urban brew

WotNot

Bandcamp

小林拓音   Aug 13,2020 UP
E王

 来年はきっと、音楽の風向きが大きく変わる──昨年末、編集後記にそう書いた。そのときはもちろん新型コロナウイルスのことなんて知らなかったし、ミネアポリスでの事件を受けてこんなにも世界各地で抗議や蜂起が頻発することになるなんて想像すらしていなかった。そしてもちろん、イサヤ・ウッダのことだって知らなかった。今年は音楽をとりまく状況にも大きな変化が生じているが、しかしイサヤ・ウッダは、その変わった風向きをこそこれから牽引していくことになるのではないかという、不思議な可能性を強く感じさせる。

 冒頭 “Feel” の最初の10秒を聴くだけでわかるだろう。そもそも出音がちがうのだ。折り重なるチープな電子音と、ラップと歌のあいだをたゆたう脱力気味のヴォーカルは、このアルバム全体を貫く最大の魅力である。「プローンが佐藤伸治にも坂本慎太郎にも変身できるヴォーカリスト兼ギタリストを迎えてファンクに挑んだ作品」とでも形容すればしっくりくるだろうか。どことなくマニー・マークや90年代の〈Ninja Tune〉を思わせる遊び心も感じられる。部分においてレトロではあるが、しかし全体としてはまちがいなく今日の音楽としかいいようのない現代性を携えてもいる。イサヤ・ウッダ、彼はいったい何者なのか?
 2曲目の “Elephant Wave” は本作の顔とも呼ぶべき曲である。分節された「ア・イ・ウ・エ・オ」の発声、絶妙な距離感でちゃかちゃかと鳴りつづけるパーカッション(?)にギターの弦の残響、甘い甘~い主旋律にJBばりのシャウト……ここには宅録インディ・ポップの魅力すべてが詰めこまれている、とまでいってしまうと誉めすぎだろうか。
 ロウファイとはたんに音質が悪いことを指すのではない。ロウファイにはロウファイの聞かせ方がある。たとえばジャイルス・ピーターソンがラジオでプレイしたという “Something In Blue” では、ほかの曲より強めに設定されたキックの音が背後のサーッというノイズに穴をあけるような効果をもたらしている(居眠りしそうになったときにシャーペンでまぶたを刺す感覚に近いというか)。あるいは “Emerald” における打楽器的な声の扱いと、ささやかなダブの快楽。最終曲 “Ever” ではクラシカルふうのギターがほかの曲とは異なる落ち着いたムードを運びこんでいるが、ヴォーカルを茶化すように挿入される電子音がそれをぶち壊してもいる。これら数々の創意工夫に耳を傾けていると、イサヤ・ウッダこそ音響派であると、そう断言したくなってくる。

 これほど充実したサウンドを呈示されると、いったいどんな音楽を聴いて育ってきたのか気になるところだが、沖野修也のラジオに出演した際の本人の発言によれば、2019年の2月にマイケル・ジャクソンの自伝を読み、そのピュアネスとプロ根性に感銘を受け、翌3月にじぶんでも音楽をつくりはじめたのだという。そうしてレコーディングされた音源を昨年7月に〈maquis records〉からカセットテープでリリース、バンドキャンプにもアップロードしていたためロンドンのレーベル〈WotNot〉の目にとまり、このたび再構成&リマスタリングを経て新装リリースされることになったという次第(ちなみに〈WotNot〉はこれまでにK15や、ザ・コメット・イズ・カミングのシャバカ以外のふたりから成るユニット=サッカー96などをリリースしている)。
 同ラジオで「共感できるアーティストは?」と問われたイサヤ・ウッダは、「テーム・インパラの前座をやりたい」「んミィバンドが好き」「京都の本日休演のヴォーカリストとは友だちになった」と答えている。いまいちつかみどころがないが、ある種のサイケデリアや、ポップネスのなかにさりげなく散りばめられた実験性のようなものに惹きつけられるのかもしれない(バンドキャンプの公式情報によれば、かつてはアルバート・アイラーや阿部薫にも影響を受けたそうなのだけれど、その痕跡は少なくともこのアルバムからは聴きとれない。むしろ Can などのほうがピンとくるのだが、そのあたりはどうなんだろう)。
 大阪生まれ、京都在住、将来はポルトガルに住みたいというイサヤ・ウッダ、いまだ謎の多いアーティストではあるが、いずれなにか大きなことを成しとげそうな気配がぷんぷん漂っている。「期待の新人」ということばは、彼のようなアーティストのためにこそ存在しているにちがいない。近いうちにつぎのアルバムも予定されているようなので、楽しみに待っていよう。

小林拓音