ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  2. Bill Callahan - My Days of 58 | ビル・キャラハン
  3. Tomoaki Hara and Toru Hashimoto ──橋本徹(SUBURBIA)の人生をたどる1冊が刊行、人類学者の原知章による30時間を超えるインタヴュー
  4. オールド・オーク - THE OLD OAK
  5. Irmin Schmidt - Requiem | イルミン・シュミット
  6. Xylitol - Blumenfantasie | キシリトール
  7. interview with The Lemon Twigs ロック/ポップスの素晴らしき忘れ物 | ザ・レモン・ツイッグス、インタヴュー
  8. EACH STORY -THE CAMP- 2026 ──自然のなかで「深く聴く体験」を追求するイベントが今年も開催
  9. 5lack ──最新アルバム『花里舞』より“South Side”のMVが公開
  10. GEZAN ──武道館公演『独炎』を収めたDVD/Blu-rayがリリース、発売記念ツアーを実施
  11. ボカロが世界に与えた衝撃 一億回再生の意外な背景
  12. DJ KRUSH ──LIQUIDROOM(KATA)の74分DJ公演シリーズ、第3回の出演者が決定
  13. interview with Dolphin Hyperspace ジャズの時代、イルカの実験 | 話題のドルフィン・ハイパースペース、本邦初インタヴュー
  14. インディ・シーンに広がるヴァイラル・マーケティング
  15. Felix Kubin Japan Tour 2026 ——ドイツの音響ダダイスト、フェリックス・クビンが来日
  16. Wendell Harrison with the Tribe Jazz Ensemble ──スピリチュアル・ジャズの巨匠、〈Tribe〉のウェンデル・ハリソンがファラオ・サンダースを演奏する注目盤
  17. 別冊ele-king J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶
  18. Cornelius ──コーネリアスが動き出した! 新シングル「夢寝見」がリリース
  19. interview with Cameron Picton (My New Band Believe) 元ブラック・ミディのキャメロン・ピクトン、新バンドにかける想い | ──初のアルバムを送り出したマイ・ニュー・バンド・ビリーヴ
  20. Dual Experience in Ambient/Jazz ──好評の野口晴哉記念音楽室でのリスニング会、6月のゲストはnever young beachの巽啓伍

Home >  Reviews >  Album Reviews > Dyl- Acvatic

Dyl

Drum 'n' BassExperimental

Dyl

Acvatic

Diffuse Reality

三田格   Dec 15,2020 UP

 ここ数年、ドラムンベースのフォーマットが崩れ過ぎてダブ・テクノや広義のアンビエントとして受け止められるものが増えてきた。しかし、それらはアンビエントに収まろうとして変化しているわけではなく、あくまでもドラムンベースの可能性を広げようとして結果的にアンビエントだったり、ミュジーク・コンクレートに聞こえるだけであって、そのような既視感の範囲を超えてしまえば途端に分類不可とされてしまう。そう、「アンビエントで片づけよう」とする発想自体が間違っているのであって、やはり「ドラムンベースがどこに向かっているのか」という耳で聴かないと見失ってしまうものがあるだろうと僕は思う。そして、そのようなものとしてエデュアルド・コステアによる3作目『Acvatic』をここではクローズ・アップしてみたい。ルーマニア語で「アクアティック」を意味する『Acvatic』はアンビエントの定番概念といえる「アクアティック」という言葉の響きも見事に裏切っていて、その意味でも興味深いアルバムであった。

 ドラムンベースを現在のような姿に変えたのはやはりASCや直接的にはフェリックス・Kだろう。Enaやペシミストがこれに続き、ビート主体だったドラムンベースはテックステップやドリルン・ベースが内在させていたサイファイ感覚を可能な限り増大させ、そのためにビートは必ずしも前面に押し出されるものではなくなっていく。古くはアレックス・リース、最近ではエイミットが流行らせたハーフタイムが広く手法としてシーンに浸透することでフリースタイル化は一気に進み、同時に観念肥大も起きていく(ハーフタイム=本来は音楽用語でビートを半分にするという意味ながら実際には6だったり10だったりで8で刻むとは限らない)。ソフィア・ロイズの3作目『Untold』も曲の冒頭で2小節から4小節ほどカチャカチャッとビートが鳴ったあとはノン・ビートで完結するというスタイルを貫いていたり。

 『Acvatic』の前作にあたる『Sonder』はまだ試行錯誤の段階にあり、雑然として捉えどころのない内容だった。ASCやフェリックス・Kのものまねとは言わないけれど、ドタバタとしたビートに不気味なメロディを組み合わせ、どの曲も聞いたような展開にしかならない。それがたったの1年で飛躍的なイメージの跳躍と驚きの完成度を示したのが『Acvatic』である。同作は洪水のような激しい水の音から始まる。水は時に人に襲いかかるもの。アンビエント・ミュージックの発想にはない水の描写であり、ノイズ・ドローンの背景にはモダン・クラシカルが折りたたまれるように詰め込まれている。続いてハーフタイムが導入され、ダブ・テクノの変形へと雪崩れ込む。曲名は“1.1”“1.2”……と素っ気ない。どの曲でも水は常に早く流れている印象で、これまでに海中を描写した作品で知られるミシェル・レドルフィや2・ローン・スウォーズメン『Stay Down』とも似たところはない。淀んだ水や溜まっている水ではなく、勢いをつけて動いている水がここではすべてなのである。曲が変わっても緊迫感は途切れることなく続き、不協和音の連打は水流が荒れ狂っている様を表しているということか。“1.5”などはむしろ金属的な響きが全体を覆い尽くしていてポリゴン・ウインドウ“Quoth”を思い出してしまった。完全にバッド・トリップである。気分を変えることもなく、徹底的に同じイメージが何度も追求され、エンディングを迎える頃には南極の氷がすべて溶けて大陸の多くが海に没した気分。ルーマニアといえばミニマルのペトレ・インスピレスクが代表格だけれど、陰鬱とした世界観はここでも共通していて、ローリン・フロスト同様、チャウセスク政権の後遺症がまだ尾を引いているという感じなのかなと。そして、それらがずべて吐き出されないと次には行かれないということなのだろう(クリスティアン・ムンジウ監督『4ヶ月、3週と2日』』なども同じ理由でつくられたに違いない。少子化対策として堕胎が違法と定められた時期を描いた同作は07年にカンヌでパルムドールを受賞した)。

 ブラジルとスペインに拠点を置く〈ディフューズ・リアリティ〉は基本的にはテクノのレーベルで、それがこのところは『Acvatic』に続いて、チェコのOFKや、この11月には日本のイッチ(Itti)ことトモユキ・イチカワも実験的なドラムンベースのアルバムをリリースしている。ハーフタイムでほとんど全編を埋め尽くした後者の『Get Into』は前半はリズムが少しもたつくものの後半の出来はかなりよく、Enaに続く人材が日本にもいるという期待を抱かせる内容だった。同レーベルはまたサワ・カツノリやユウキ・サカイといった日本人のリリースも多く、マサヒロ・メグミを逆から綴ったImugem Orihasamが『Acvatic』では“1.7”と“1.8”のリミックスを手掛け、ボーナス・トラックとして収録されている。

三田格