ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Sherelle - With A Vengeance | シュレル
  2. Bon Iver - SABLE, fABLE | ボン・イヴェール、ジャスティン・ヴァーノン
  3. Actress - Grey Interiors / Actress - Tranzkript 1 | アクトレス
  4. あたらしい散歩──専門家の目で東京を歩く
  5. Columns R.I.P. Max Romeo 追悼マックス・ロミオ
  6. 別冊ele-king VINYL GOES AROUND presents RECORD――レコード復権の時代に
  7. Seefeel - Quique (Redux) | シーフィール
  8. DREAMING IN THE NIGHTMARE 第2回 ずっと夜でいたいのに――Boiler Roomをめぐるあれこれ
  9. Twine - New Old Horse | トゥワイン
  10. Shintaro Sakamoto ——すでにご存じかと思いますが、大根仁監督による坂本慎太郎のライヴ映像がNetflixにて配信されます
  11. interview with Nate Chinen 21世紀のジャズから広がる鮮やかな物語の数々 | 『変わりゆくものを奏でる』著者ネイト・チネン、インタヴュー(前編)
  12. Jane Remover ──ハイパーポップの外側を目指して邁進する彼女の最新作『Revengeseekerz』をチェックしよう | ジェーン・リムーヴァー
  13. Jefre Cantu-Ledesma - Gift Songs | ジェフリー・キャントゥ=レデスマ
  14. Conrad Pack - Commandments | コンラッド・パック
  15. 恋愛は時代遅れだというけれど、それでも今日も悩みはつきない
  16. Black Country, New Road - Forever Howlong | ブラック・カントリー、ニュー・ロード
  17. Shinichiro Watanabe ──渡辺信一郎監督最新作『LAZARUS ラザロ』いよいよ4月6日より放送開始
  18. Soundwalk Collective & Patti Smith ──「MODE 2025」はパティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴのコラボレーション
  19. Cosey Fanni Tutti ——世界はコージーを待っている
  20. 三田 格

Home >  Reviews >  Album Reviews > Dyl- Acvatic

Dyl

Drum 'n' BassExperimental

Dyl

Acvatic

Diffuse Reality

三田格   Dec 15,2020 UP

 ここ数年、ドラムンベースのフォーマットが崩れ過ぎてダブ・テクノや広義のアンビエントとして受け止められるものが増えてきた。しかし、それらはアンビエントに収まろうとして変化しているわけではなく、あくまでもドラムンベースの可能性を広げようとして結果的にアンビエントだったり、ミュジーク・コンクレートに聞こえるだけであって、そのような既視感の範囲を超えてしまえば途端に分類不可とされてしまう。そう、「アンビエントで片づけよう」とする発想自体が間違っているのであって、やはり「ドラムンベースがどこに向かっているのか」という耳で聴かないと見失ってしまうものがあるだろうと僕は思う。そして、そのようなものとしてエデュアルド・コステアによる3作目『Acvatic』をここではクローズ・アップしてみたい。ルーマニア語で「アクアティック」を意味する『Acvatic』はアンビエントの定番概念といえる「アクアティック」という言葉の響きも見事に裏切っていて、その意味でも興味深いアルバムであった。

 ドラムンベースを現在のような姿に変えたのはやはりASCや直接的にはフェリックス・Kだろう。Enaやペシミストがこれに続き、ビート主体だったドラムンベースはテックステップやドリルン・ベースが内在させていたサイファイ感覚を可能な限り増大させ、そのためにビートは必ずしも前面に押し出されるものではなくなっていく。古くはアレックス・リース、最近ではエイミットが流行らせたハーフタイムが広く手法としてシーンに浸透することでフリースタイル化は一気に進み、同時に観念肥大も起きていく(ハーフタイム=本来は音楽用語でビートを半分にするという意味ながら実際には6だったり10だったりで8で刻むとは限らない)。ソフィア・ロイズの3作目『Untold』も曲の冒頭で2小節から4小節ほどカチャカチャッとビートが鳴ったあとはノン・ビートで完結するというスタイルを貫いていたり。

 『Acvatic』の前作にあたる『Sonder』はまだ試行錯誤の段階にあり、雑然として捉えどころのない内容だった。ASCやフェリックス・Kのものまねとは言わないけれど、ドタバタとしたビートに不気味なメロディを組み合わせ、どの曲も聞いたような展開にしかならない。それがたったの1年で飛躍的なイメージの跳躍と驚きの完成度を示したのが『Acvatic』である。同作は洪水のような激しい水の音から始まる。水は時に人に襲いかかるもの。アンビエント・ミュージックの発想にはない水の描写であり、ノイズ・ドローンの背景にはモダン・クラシカルが折りたたまれるように詰め込まれている。続いてハーフタイムが導入され、ダブ・テクノの変形へと雪崩れ込む。曲名は“1.1”“1.2”……と素っ気ない。どの曲でも水は常に早く流れている印象で、これまでに海中を描写した作品で知られるミシェル・レドルフィや2・ローン・スウォーズメン『Stay Down』とも似たところはない。淀んだ水や溜まっている水ではなく、勢いをつけて動いている水がここではすべてなのである。曲が変わっても緊迫感は途切れることなく続き、不協和音の連打は水流が荒れ狂っている様を表しているということか。“1.5”などはむしろ金属的な響きが全体を覆い尽くしていてポリゴン・ウインドウ“Quoth”を思い出してしまった。完全にバッド・トリップである。気分を変えることもなく、徹底的に同じイメージが何度も追求され、エンディングを迎える頃には南極の氷がすべて溶けて大陸の多くが海に没した気分。ルーマニアといえばミニマルのペトレ・インスピレスクが代表格だけれど、陰鬱とした世界観はここでも共通していて、ローリン・フロスト同様、チャウセスク政権の後遺症がまだ尾を引いているという感じなのかなと。そして、それらがずべて吐き出されないと次には行かれないということなのだろう(クリスティアン・ムンジウ監督『4ヶ月、3週と2日』』なども同じ理由でつくられたに違いない。少子化対策として堕胎が違法と定められた時期を描いた同作は07年にカンヌでパルムドールを受賞した)。

 ブラジルとスペインに拠点を置く〈ディフューズ・リアリティ〉は基本的にはテクノのレーベルで、それがこのところは『Acvatic』に続いて、チェコのOFKや、この11月には日本のイッチ(Itti)ことトモユキ・イチカワも実験的なドラムンベースのアルバムをリリースしている。ハーフタイムでほとんど全編を埋め尽くした後者の『Get Into』は前半はリズムが少しもたつくものの後半の出来はかなりよく、Enaに続く人材が日本にもいるという期待を抱かせる内容だった。同レーベルはまたサワ・カツノリやユウキ・サカイといった日本人のリリースも多く、マサヒロ・メグミを逆から綴ったImugem Orihasamが『Acvatic』では“1.7”と“1.8”のリミックスを手掛け、ボーナス・トラックとして収録されている。

三田格