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Drug Store Romeos

Dream popPsychedelic

Drug Store Romeos

The World Within Our Bedrooms

Fiction

Casanova.S   Jul 29,2021 UP

 いまのロンドン・シーンのバンドと言われてドラッグ・ストア・ロメオズのようなバンドを想像する人はおそらくほとんどいないだろう。みなが想像して思い浮かべるのはジャキジャキのギターに喋るようなヴォーカル、それにときたまサックスが入ってきて心をかき乱すような焦燥感のあるようなバンドが大半なはずだ(それはシェイムだったりブラック・カントリー・ニューロードだったりブラック・ミディだったりスクイッドだったりする)。共通した音楽性がないのがシーンの特徴だ、そんな言葉も初期には聞こえてきたが、いまではほとんどのバンドが乱雑に「ポストパンク」という言葉でくくられている(それに少しウンザリしている人もいるかもしれない)。

 だがドラッグ・ストア・ロメオズはそうではない。ドラッグ・ストア・ロメオズの音楽は夢の世界からやってきたかのようなドリーム・ポップだ。それはブロードキャストをよりサイケデリックにドリーミーにしたようでもあって、ヴォーカルのサラ・ダウニーの揺れ動くささやき声は、頭の中に映像(それは記憶のタイムラインとでも呼びたくなるような連続したものだ)を浮かばせながら進むベースとドラムに運ばれて、心を穏やかに弾ませる。そしてその上を漂うシンセサイザーの音色がこれは夢の世界と現実との間に起こっている出来事だと主張するのだ。

 アルバムの1曲目、“Building Song” は物語全体のイントロダクションとしての効果を発揮して、ベースとドラムのふたつの楽器がリラックスしたスタジオでのウォーミングアップのような雰囲気を漂わせながらゆっくりと意識をストレッチさせていく。そこにギターの音が重なり、シンセサイザーの音が加わって徐々に緊張感が高まっていき、そしてサラの歌声が入った瞬間に一気に夢の世界への扉が開く(繰り返し聞いてわかっていてもこの瞬間はゾクっとする)。続く紫の光を帯びた “Secret Plan” の進むベースがこの世界への浸透感をさらに深める。“Secret Plan” に限らずドラッグ・ストア・ロメオズはベースが柔らかく引っ張っていくような曲が多い印象だが、このベースこそがドラッグ・ストア・ロメオズが持つ心地よさ、陶酔感を作り出しているものなのではないかと思う。
 そして “Frame Of Reference” だ。この曲はアルバム以前に発表されていた4つのシングルの中で唯一アルバムに収録された曲だが、この曲に現在のドラッグ・ストア・ロメオズの魅力の全てが詰まっていると言っても過言ではないだろう。心が躍り出しそうな軽快さがあり、調子に乗った無敵の若さがあって、ドリーミーで、それと同時に少しの苦さもある。この曲がアルバムのハイライトとして存在し、そしてシューゲイズの匂いを薄く残した “Adult Glamour” で締められる。“Adult Glamour” はおそらくこのアルバムに収録された曲の中で最も古い時代に作られた曲だと思われるが(サラがベースを弾いていた時代の曲だ)、この新しいヴァージョンは感傷と余韻を持って15曲に渡るアルバムの旅路を終わらせるエンディング・テーマのように響き渡る。

 このアルバムはある種の映画のようなものなのかもしれない。小さな街の小さな映画館でかかる青春映画、ドラッグ・ストア・ロメオズのデビュー・アルバム『The World Within our Bedrooms』はその名の通り彼らが10代後半の時間を過ごしたベッドルームから生まれた。ロンドンから電車で40分ほど離れたハンプシャー州フリートという郊外の街の思い出、そこで彼らは出会いバンドを組み、後にレコードの溝に刻まれることとなる共通の時間を過ごした。

 バンドの結成のストーリーはこうだ。15歳のときにジ・インベシルという80'sハード・コア・パンク・バンドを組んで3年ほど活動していた幼なじみのチャーリー・ヘンダーソンとジョニー・ギルバートは年上ばかりの界隈(みんな30歳は年上だった)にうんざりし、もっと自分たちの世代の音楽をやってみたいとバンドを辞め、ふたりで〈Burger Records〉のバンドに影響を受けたような曲を作りはじめた。
 一方、公開されているどのビデオを見てもわかるように、とにかく動きがキュートで魅力的なサラ・ダウニーは大学に入学した18歳のときにそろそろ自分はバンドに入るべきだと思い立ち、メンバー募集がされているインターネット上の掲示板を眺めはじめた。そして Facebook で同じ大学に通う人たちがベースを募集しているのを発見した。これこそ自分の求めていたこと、そう思ったサラは即座にメッセージを送り、その翌週にロンドンの楽器屋でベースを買った(ベースが弾けないなんていうのはまったく問題になるとは思わなかった)。会って話をしてみると全員が徒歩5分以内の範囲に住んでいることがわかり、それからお互いの部屋を行き来してのサラのベース特訓がおこなわれた(こんなに近くに住んでいるのにインターネットを通してバンドを組んだという現代的なアクセントがこのストーリーに深みを与える)。サラの古い友達の提案を受け入れてテネシー・ウィリアムズの戯曲「欲望という名の電車」から名前をとったバンド、ドラッグ・ストア・ロメオズの物語はこうしてはじまる。

「ドラッグ・ストア・ロメオズをはじめたときはほんとに楽しくて。大学の講義が終わった後にサラの家に集まって、みんなで音楽聞いて、演奏して、映画見て、料理を作ってキッチンで踊ってたんだ」

 当時のことを振り返るチャーリーのこの言葉はまさに『The World Within our Bedrooms』と名付けられたこのアルバムを現した言葉なのかもしれない。そのときから紆余曲折があり何度かのモデルチェンジを経た後にサラがキーボードの前に立って歌いはじめ、チャーリーはギターからベースに持ち替え、ジョニーがドラムを叩くという現在の布陣に落ち着いた。アルバム未収録の曲だが「サラのフェイク・オールド・ベッドルームにて」という言葉が添えられた “Jim, Let's Play” のビデオはその時代のドラッグ・ストア・ロメオズの姿をロマンティックに表現したビデオなのかもしれない(実際に10代の頃と思しきジョニーの姿がそこに映っている)。

 そしてこの物語には部屋の外の世界も登場する。燃えさかるロンドン・シーン、ドラッグ・ストア・ロメオズは郊外の街、フリートからそのシーンにアタックをかけたのだ。サウス・ロンドンのライヴハウスにたむろするポストパンク・バンドやそのファンたちにドラッグ・ストア・ロメオズが受け入れられたのは、いまのシーンはどのような音楽をやっているかではなく、どのような態度で音楽をやっているかが重要視されているからなのだろう。バラバラな服装のバラバラな人たち、近くにいる誰かみたいになろうと思う人もいればそうすることを選ばない人もいる。ドラッグ・ストア・ロメオズは独自性を保ったままロンドンのヴェニューに通い続けた。
 楽器をかついで駅へと向かう。ライヴが終わった後の深夜の電車には様々な人がいた。酔っ払ったサラリーマン、新米の兵士、郊外の親たち、フリートの自宅へと帰る電車の中での交流がまたドラッグ・ストア・ロメオズの世界をより豊かなものにしていった。夜明けを待つベッドルームにロンドンで感じた空気が運ばれて、そしてそれが夢の世界にも現れる。ドラッグ・ストア・ロメオズの音楽が小さな部屋で作られたドリーム・ポップ以上のものであるように感じられるのはきっとこれが理由なのだろう。シーンから距離を置いた独自の音楽でありながらも、その空気に触れて、そんな風にはしないことを選んだ強い選択の意志がそこにはあるのだ。

『The World Within our Bedrooms』、ドラッグ・ストア・ロメオズのこのデビュー・アルバムはフリートという郊外の街に暮していた3人の思い出の集大成であり、これから先の未来へと続くはじまりの第一歩でもある。現在は3人ともロンドンに引っ越しているようだが、今後どうなっていくのか楽しみで仕方がない(先日ブラック・カントリー・ニューロードのサポートとしてヨーロッパを回るツアーが発表された。繰り返しになるが、いまのロンドン・シーンはこんな風にジャンルを越えて繋がっていくのだ)。そんなことを考えてワクワクし、再び紫色の夢の世界に入っていく。時間が経って、変化して、後からシーンを振り返ったときに選ぶ何枚かのアルバムに、僕はきっとこのアルバムを選ぶだろう。違うからこそそうである、幸せを運ぶこの奇妙なアウトサイダーこそシーンを映す鏡になるのだ。

Casanova.S