Home > Reviews > Album Reviews > Nic TVG- I Know Where the Vultures Live
ここ数年続いているジャングルの発掘音源はほとんどが1993年に集中していてドラムンベースというフォーマットが確立されてからのトレンドはまったくといっていいほど素通りされている。ダークステップやニューロファンクなど90年代後半の熱狂はなんだったのかという感じで、そのようにして細分化していったなかには当時から注目度の低かった「ドラムファンク」というサブジャンルもあった。ドラムファンクというのはジャズステップが本腰を入れたというか、ドラムをライヴ演奏のように聞かせることを主眼とし、ドラムンベースをジャズの演奏に近づけようとした傾向のことで、オリジネイターはパラドックスことデヴ・パンディアだとされている。シーンの代表格だったブレイケージがダブステップに乗り換えてしまったこともあって、2010年を待たずしてドラムファンクは姿を消し、復興五輪のように風化したと思っていたものの、しかし、ドラムファンクはいつのまにかアメリカに主軸を移し、ポートランドの〈パインコーン・ムーンシャイン〉をベースにじりじりと音楽性を変化させることに。同レーベルを主宰するニック・TVGのセカンド・アルバムはそれこそ「ドラムをライヴ演奏のように聞かせ」るという部分が過剰に肥大し、ほとんどフリー・ジャズかと思うようなサウンドへと変形が進んでいる。いっそのことフリー・ジャズとして聴いた方が早いのかもしれないけれど、それにしてはドラムンベースやミニマル・テクノの要素が耳についてしまうので、やはりこれは「ドラムファンク」というべきなのだろう。
7年前(!)のファースト・アルバムに比べてグリッチなどエレクトロニカ度が増し、ドラム以外の要素もかなり複雑になっている。短いイントロダクションを経て最初からドラミングは激しく、あまりにも乱れ打ちで、いくつのドラム・パターンが重ねられているのかもよくわからない。これだけドラムを畳み掛けてアフロっぽくならないのも時流的には珍しく、ファンクではあってもファンキーにはならない。ジェームズ・ブラウンをサンプリングしてるのかなあと思う曲もあるけれど、少し間延びさせて他のドラム・サンプルと組み合わせてるのか、そう簡単にリズムにのせてくれるわけでもない。緊張感に次ぐ緊張感。予定調和なリズムは片端から崩れていく。中盤の “Tamukeyama” ではいったんドラムが後退し、トータスとノイ!が出会ったようなベース・ドローンにモードが変わる。もともとドラムンベースにはアトモスフェリックなイントロダクションを過剰に配する傾向があるとはいえ、続く “Nika Sees” でもアブストラクトな感触は持続し、異常なテンションはキープされたまま。マウス・オン・マースを思わせる “Er Ist Immer Mude I” やBPMが早くなったり遅くなったりする “One Record” も新機軸で面白い。とにかくこの人の音楽は誰にも似ていない(感性という意味ではかつてフォテックが “七人の侍” をやろうとしたことに近いのかも?)。
アメリカで起きた国会突入こそ失敗だったものの、今年はミャンマーの軍事クーデターといい、アフガニスタンが武装勢力に国家主権を奪取されるなど、教科書でしか読んだことがないような国家規模の事件が次々と起きている年であり、客観的に見ればヘンにダラダラした音楽よりも『I Know Where the Vultures Live(=ハゲタカがどこにいるのか知っている)』のように不穏で緊張感みなぎる音楽が時代のサウンドトラックにふさわしいのではないかと。否定されているのはそのことごとくが西欧近代で、世界がどんどん『ゲーム・オブ・スローン』化しているみたいだけど。
三田格