ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Bandcamp ──バンドキャンプがAI音楽を禁止、人間のアーティストを優先
  2. DJ Python and Physical Therapy ──〈C.E〉からDJパイソンとフィジカル・セラピーによるB2B音源が登場
  3. 別冊ele-king 坂本慎太郎の世界
  4. interview with Sleaford Mods 「ムカついているのは君だけじゃないんだよ、ダーリン」 | スリーフォード・モッズ、インタヴュー
  5. Columns Introduction to P-VINE CLASSICS 50
  6. DADDY G(MASSIVE ATTACK) & DON LETTS ——パンキー・レゲエ・パーティのレジェンド、ドン・レッツとマッシヴ・アタックのダディ・Gが揃って来日ツアー
  7. Daniel Lopatin ──映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』のサウンドトラック、日本盤がリリース
  8. interview with bar italia バー・イタリア、最新作の背景と来日公演への意気込みを語る
  9. aus - Eau | アウス
  10. Autechre ──オウテカの来日公演が決定、2026年2月に東京と大阪にて
  11. 見汐麻衣 - Turn Around | Mai Mishio
  12. Ken Ishii ──74分きっかりのライヴDJ公演シリーズが始動、第一回出演はケン・イシイ
  13. 橋元優歩
  14. R.I.P マジック・アレックス,マジアレ(村松誉啓)
  15. Geese - Getting Killed | ギース
  16. IO - Soul Long
  17. Masaaki Hara × Koji Murai ──原雅明×村井康司による老舗ジャズ喫茶「いーぐる」での『アンビエント/ジャズ』刊行記念イヴェント、第2回が開催
  18. 野田 努
  19. R.I.P. Steve Cropper 追悼:スティーヴ・クロッパー
  20. Ikonika - SAD | アイコニカ

Home >  Reviews >  Album Reviews > Laura Cannell- Antiphony of the Trees

Laura Cannell

Experimental

Laura Cannell

Antiphony of the Trees

Brawl Records

野田努 Mar 28,2022 UP

 音楽ファンというのは、自分が好きになれるアーティストを見つけたときは嬉しいものである。この人の作品は追ってみようと思える、そんなアーティスト。生活のなかで自分のためにじっくり何度も、ときには集中して聴いてみようと思える音楽。もちろんそうそう出会えるわけではないが、これがこの世界を支配している巨大なメディア企業や商業的な利益が取引される世界とは別のところであったりすると、ことさら嬉しかったりする。ローラ・キャネルは、ここ数年のぼくにとってそういう人だ。彼女の音楽を聴いているとつくづくこう思う。まだ世界には自由が残っている。

 キャネルの音楽は、自由な世界で鳴っている。ザッカーバーグのメタヴァースの話ではない。つまり彼女は型にハマった音楽から本気で遠く離れて、じつにユニークな発想で音楽を作っている。たとえば、ぼくにとって彼女の音楽を好きになるきっかけとなった『The Sky Untuned』は、イングランドの田舎の中世から残っている教会のなかで、ひとりただひたすら演奏したときの記録だ。音の反響は録音した空間によって決まる。彼女はインプロヴァイザーであり、リコーダー/ヴァイオリン奏者だが、かつて存在し、現在不在なものの記憶を辿るようなその音楽は、その場所でなければ生まれなかったのだろう。彼女はそれ以前にも灯台で演奏し、水力発電所でも演奏している。
 彼女は、もともとクラシックの訓練を受けているが、もうずいぶん前に楽譜がなければ何もできない世界と訣別した。そういう意味でも彼女は自由だが、しかし彼女は自分の音楽に制限を与えている。それはひとつの決められた楽器で、ほとんど一発録りで作品を作るということ。あとから編集したり、手を加えたりしない。その瞬間に生まれる音楽こそが彼女の音楽だ。
 彼女の音楽は、先にも言ったように即興だが、しかしそこには彼女が調査し、長らく研究しているアーリー・ミュージックや中世の民謡の旋律の断片がミックスされている。彼女の内側から出るものと、彼女が学んでいる古楽や民謡(=フォーク)が混じり合い、それが彼女の作品のいち要素となる。また、彼女は、音楽大学でリコーダーもヴァイオリンも学んでいるが、その楽器の弾き方の常識から逸している。独自に開発した奏法をもってヴァイオリンは歪んだ音を出し、リコーダーはダブのように響かせる。そこで聴かれるメロディは、今日のポップ・ミュージックで聴かれるどれとも違っている。彼女はいわば音の吟遊詩人である。

 本作『アンティフォニー・フォー・ザ・ツリーズ』は、ローラ・キャネルにとって7枚目のソロ・アルバムだ。これまで彼女は、曲の主題に動物、それも鳥類をたびたび選んできているが、このアルバムは、彼女が暮らしているエリアに生息する鳥たちとの対話がもとになっているという。すべてはリコーダーの演奏によって表現されているが、その音色は多彩で、というよりも異彩で、ときに妖異で、しかも彼女は伝説のジャズ・ミュージシャン、ローランド・カークのように、二本のリコーダーを同時に、それぞれ別の音符を演奏することができる。
 さて、カラスに呼びかけている1曲目は、なるほど動物の鳴き声のようだ。とはいえアルバムは動物の鳴き声の模倣などではない。今回はある意味、もっともぶっ飛んだ作品とも言えるだろう。反響し、反復するその幽玄な音響の彼方からさらにまた音が響く続く “For the Gatherers” はなかば神秘的で、続く “For the Sacred Birds” では瑞々しくも平和的な旋律が広がる。
 時空を越える音楽があるとしたら、キャネルの作品はそのひとつだ。この音楽に古いも新しいもない。アルバム中盤の “私たちは羽を借りた(We Borrowed Feathers)” から “鳥の神話のために(For the Mythos of Birds)” にかけて、キャネルはほとんど宇宙的とも言える領域へ突入する。次に待ち構えている表題曲もまた異境的で、それは鳥類たちの楽園のようであり、最高にトリップしたサン・ラーの微笑みのようでもある。一本のリコーダーでドローンを発しながら(いったいリコーダーでどうやって?)、メロディを反復させる “フクロウになった少女(The Girl Who Became an Owl)” にも謎めいた美しさがあるが、いたって穏やかで、アルバムはその平穏さのなかで終わっていく。
 この音楽は、自然や環境に関する教訓めいたものではない。ぼくたちに聞こえている世界はひどく限定的で、すぐ近くにはまったく別の世界が広がっていることをほのめかしている。

 最後に、少しばかりエレキング読者も親近感を覚えるかもしれない、彼女のこれまでの共演者について触れておこう。たとえば彼女は、元ディス・ヒートのチェールズ・ヘイワードとWhistling Arrowなるバンドを組んで1枚のアルバムを作っている。また、彼女は先鋭的な電子音楽家として知られるマーク・フェルとの共作アルバムを残している。それから彼女には1枚のリミックス・アルバムがあり、そこにはエコープレックスやボーダー・コミュニティのメンバーらが参加している。さらに昨年は、彼女はアイルランドのアーティスト、Kate Ellisといっしょに毎月1枚のシングルを発表していたが、10月EPには、元キャバレー・ヴォルテールのクリス・ワトソンが参加した。いまや一流の録音技師として名高いワトソンは、その作品において、川のせせらぎ、雨の音、そして野鳥の声を提供している。
 

※ここで予告を一発。6月末発売予定の紙エレキング、「フォーク特集」において、ローラ・キャネルの日本では初インタヴューを掲載予定です。乞うご期待。

野田努