Home > Reviews > Album Reviews > Gaika- Drift
早すぎたのかもしれない。〈Warp〉移籍後初となるEP「SPAGHETTO」から半年が過ぎた2017年4月8日、CIRCUS TOKYOで初めて見た彼は上半身裸でステージを動きまわり、非常に熱のこもったパフォーマンスを繰り広げていたのだけれど、どうにもまだフロア=日本側の理解の準備が整っていなかったというか、彼の音楽をどう受け止めたらいいのか、その音楽がなんなのか、とらえあぐねているような雰囲気があったのを憶えている。が、ファースト・アルバム『Basic Volume』(2018)が放たれたあとの来日公演、2019年9月20日のWWW Xではそれも解消され、重厚な低音が響きわたるなか、オーディエンスたちは大いに盛り上がりを見せていた(はず……記憶に間違いがなければ)。
10年代後半の当時、アンダーグラウンドがどんな状況だったかというと、イキノックスやロウ・ジャックが頭角をあらわし徐々に認知度を高めていっており、数ある潮流のひとつとして「ダンスホール」が擡頭していた。ルーツの半分をジャマイカにもち、10年代前半はマーケイジというグライム・グループで活動、新たなブラック・ディアスポラの共同性を探る〈NON〉のコンピにも参加していたガイカが、ソロ活動を進めていくにあたりそのスタイルを選択し自身の音楽を「ゲットー・フューチャリズム」と呼んだことは、彼が時代に敏感だった証といえよう。
トラップの影響を残しつつも、デビュー・ミックステープ『Machine』(2015)、セカンド・ミックステープ『Security』(2016)、ジャム・シティを迎えた「SPAGHETTO」とリリースを重ねるにつれ、ダンスホールを咀嚼した彼のサウンドは徐々に武器としての強度を高めていくことになる。『Basic Volume』はそのひとつの完成形だろう。時代の動向を鋭く看取しつつ、独自のダークな音世界を紡ぎあげる闘士、それがガイカだった。その個性はつづく2枚のコラボ・アルバム──『Seguridad』(2020)と『War Island OST』(2022)──にもある程度は引き継がれることになる。
オリジナル・ソロ・アルバムとしては2枚目、という数え方でいいのだろうか。〈Big Dada〉移籍後初のフルレングス『Drift(漂流)』はしかし、まるっきり音楽性を変えている。ここにはトラップもなければダンスホールもない。驚くほど潔い変貌ぶりというか、本作で披露されているのはバンド・サウンドであり、もっとも耳に残るのは歪んだギターの音なのだ。
いや、冒頭2曲にはダブだったりカリブ海音楽を思わせる要素がしのばされているし、どこかトリップホップぽいフィーリングもあったり、けしてなにかひとつのスタイル一辺倒というわけではない──のだけれど、全体としてはオルタナティヴ・ロックの色が濃く出たアルバムに仕上がっている。ラップ・グランジとも呼ぶべきシングル曲 “LADY” や、銃をテーマにした “Gunz” などがその代表だろう。
いちばん驚かされたのはもうひとつのシングル曲 “Sublime” だ。つま弾かれるギターや鍵盤(?)がせつなさを醸しだし、背後でギター・ノイズやホーンがノスタルジーを掻きたてるこの曲には、えもいわれぬかなしみ、どこかサウダージにも通じる感覚、部分によってはビビオさえ連想させる、豊かな感傷がそなわっている。間違いなくガイカの新機軸だろう。あるいは、カリブ海的なものと東アジア的なものを同時に喚起させる “And There Goes The Challenger” なんかも何度もリピートしたくなる魅力をもっている。
白人はジャズでもロックでもラップでもなんでも許されるのにたいし、黒人は「ブラック・ミュージック」の枠に押し込められてしまう──そんな話が紙エレ年末号掲載の対談「BLMはUKをどう変えたのか」には出てくる。『Drift』はそうした先入見や「期待」を裏切るみごとなアフロ・パンク作品だ。近年はイヴ・トゥモアやウールーなど、積極的にロック・サウンドに挑戦する因習打破的なブラック・アーティストたちの存在感が増している。本作をもってガイカもまた、その列に加わることになった、と。
ダンスホールからオルタナティヴ・ロックへ──いまここにガイカ第2章の幕が切って落とされたわけだが、『Drift』を契機にアフロ・パンクそれ自体の勢いもさらに加速していくことになるかもしれない。
小林拓音